忍び使いの一族 二人の真田

「あれ?今、信繁様ですか?」
漸く溜め込んだ政務に手を付け始めた幸村の陣中見舞に茶と菓子を持ってきた佐助が、床に落ちている紅い鉢巻きを見て驚きの声をあげた。
幸村は振り返って佐助を認めると、膨れっ面で頭を振った。
「信繁は出てこぬ。俺ばかりに押し付けおって……」
「旦那のなんだから、旦那でやりなよ。信繁様に押し付けないの~」
不満げに頬を膨らませる幸村を窘めて大福餅と茶を並べる。幸村は文机から体を反転させると、凝り固まった肩を解すように伸びをした。大福餅を見て、頬を緩めて手を伸ばす。
「大福かっ!」
「そーだよ、いちょう屋の豆大福だよー」
「うむ!」
喜色満面で手を伸ばす幸村だが、刹那に動きを止めた。直後何事も無かったように大福を掴み、満足げな表情で口の中に放り込んだ。
「うむ、旨い」
「そんな殺生なことしないであげてくださいよ」
呆れた風に声を掛けた佐助に、幸村は目を丸くして佐助を見つめた。
「今、信繁様でしょう?」
「っ!?」
信繁は、手の中の大福餅を落とし、瞠目して佐助を見返した。
「――何故わかった?」
「なんでって……信繁様と旦那は全然違いますよ。あ、半分は旦那に残してあげてくださいね」
心底驚く彼――信繁に、佐助は呆れ果てて半眼でねめつけた。信繁は罰が悪そうに首を掻く。 そして、内心で愕然とした。当たり前のように宣う佐助は、今どれ程の事を言ったのかわかってはいまい。
「……オレと彼奴は其れほど異なるか?」
真剣味を帯びた問掛に、佐助はきょとんと瞬いた。
「へ?だって、信繁様は旦那より気配が鋭いんですよ。旦那の気配が真紅だとしたら信繁様は深紅かな。旦那はぎんなん屋の団子が好きなんだよね、いちょう屋の大福餅が好きなのは信繁様の方でしょ?」
言葉もでない信繁に気づかず、佐助は更に続けた。 「あと、旦那より少しだけ眼の黒が濃いよ、信繁様の方がね。あと、二槍の扱雑なのが信繁様だし、旦那は暗器苦手だし、多分他の忍達と一緒に稽古してんのも信繁様だろ?」
指を折って数え上げる佐助に、信繁の咀嚼が止まった。指から目を離して信繁を見上げた佐助は、真っ赤になった信繁と目があって、仰天する。
「信じられん……」
「へ?」
間の抜けた声を上げた佐助の眼前でまた刹那動きが止まり、再び動き出す。
「俺達を判ぜられる者が……居ったとは」
「あれ?旦那?」
「まことに区別が着いておるのか!?」
「当たり前でしょー?だから、全然違うんだってば。今は真田の旦那だろ?」
「――そうか、それ故か……」
一人得心がいったように深く息を吐いて頷いた幸村は、分け前の大福餅を手に取って床に大の字に倒れ込んだ。
「俺自身ですら、どちらか判らぬ己自身ををお前が見分けたが故か――」
行儀悪く大福餅を頬張って呑み込むと、幸村は仰向けのまま朗らかに笑い声を響かせた。 呵々と愉快そうに朗笑する幸村に、佐助は目を白黒させる。
「ど、どーしたの?」
「俺が最近の戦で己を保って居れたのはお前のお陰という事だ。今まで俺とあやつの境界は酷く甘く、今己が“どちら”なのか判ぜぬ事が戦場で幾度も有った。それが……今ではこの幸村が戦場を駆けているのがはっきりと分かるのだ」
「はぁ……そうなの?」
ピンと来ていない様子の佐助に、幸村は口に捌いた笑みを深めた。

おわり