最初にそれを見つけたのは、花京院だった。
「……あれ?」
ASB会場の、杜王グランドホテルに似た豪奢な宿舎のエントランスホールの壁際、いつもはデカイ花瓶か何かが入っているような場所に、小さなステージのようなものが設置されて居た。
ステージ上には何かが細々したものがや詰め込まれ、ステージの横には白いグランドピアノが鎮座している。花京院がそれを覗き込んで、ほう、と感嘆の息を吐く。
「すごいな、見ろ。承太郎、ポルナレフ。楽器だ。古今東西、どこのでもありそうだぞ。名前のしらないものもいろいろあるな……」
ポルナレフもそれを覗き込んで、パッと顔を輝かせる。
「うおッ!マジだ!懐かしいなァ〜。あ、アコーディオンある?」
「有るぞ。あ、ハーモニカもある。僕これだけは学校でやったから、吹けるんだよ」
ちらり、と花京院とポルナレフが二人が目くばせをした辺りで、承太郎は既に「やれやれだぜ」という雰囲気で立ち止まっていた。
ドレミファソラシド、とポルナレフの指が鍵盤を叩く。吹き抜ける風に色をつけたような音階がエントランスに響く。もともと、響きやすい構造になっていたらしく、うわんと響く。
小さなハーモニカを選んだ花京院が音階を吹き鳴らす。これは小さなパイプオルガンが何層にも空気を震わすような音。
ポルナレフと花京院が、再び視線を交わす。
先にメロディを綴ったのは花京院の方だった。
耳慣れた旅路の歌に、ポルナレフが目を輝かせる。承太郎もこの歌はよく知っている。あの旅が終わった数年後、ボーイミーツガールの青春傑作アニメ映画の主題歌にもなっていた。
そしてそれ以前に、一夜の宿の食堂で、旅の仲間と奏でた楽曲を忘れることなどない。
承太郎は覚えている。
忘れもしないあの旅の中。五人で揃っていた一晩の宿の日。びりびりと、長旅の疲れと、歴戦の緊張が可視化されて蜘蛛の糸のように張り詰めているような夜のことだった。食事をとっていたレストランで、無造作に放置されていたアコースティック・ギターに気がついたのは、承太郎の祖父、ジョセフ・ジョースターだった。
ビインと弾かれた弦が、独特の余韻を残してレストランの空中に消える。コード表もなしに弾かれるギターの音色に、肩肘張った承太郎たちの力が本の少し抜ける。
何度か、ジョセフの伴奏で歌を歌って凌いだ凍えるような野営の夜もある。ジョセフのギターは飛び跳ねるような軽快さが魅力であり、そのことはこの場にいる仲間で知らない者はいなかった。
「あ、アコーディオンもあンじゃあないのォ〜」
きょろっと見回したポルナレフが壁にかかっていたアコーディオンを取り上げて、ドレミの歌を奏でる。吹き抜ける風がパイプを鳴らすような音がして、愉快そうにポルナレフが目を細めた。花京院がサングラスの下で目を丸くする。
「ポルナレフ、君アコーディオンなんて引けるのかい?」
「おうよ! これだけはなんとかなァ〜昔親にねだって買ってもらって、シェリーによく聞かせたもんだ」
懐かしげに、そしてさみしげに微笑むポルナレフの背を、ジョセフが無言で叩く。ポルナレフは照れくさそうに肩を縮こませた。
「ん?おや、クラリネットまであるじゃあないか。アヴドゥル!」
「わ、私もですか?」
「えっ、アヴドゥルさんまで!?」
「私は世界中を回っていた時に、楽器は一通り習ったんだ。一番得意なのはクラリネットとタブラ(太鼓)だが」
花京院が泡を食ったように身を乗り出した。うーん、と何故か思案顔になってイギーを見下ろす。イギーが答えを持っているはずもなく、何時ものようにガムをかんでそっぽを向いていた。
「ハーモニカやリコーダーぐらいしか吹けないんですよね、僕。承太郎、君は?」
話を振られ、承太郎は肩を竦める。
「俺は特に……」
「承太郎は歌とピアノじゃよなァ〜!小さい頃ピアノの演奏会にワシも」
「うっとおしいぜッ!黙ってろジジイ!!」
ガッと唸られ、ジョセフはへいへい、と肩を竦めた。全くこりた様子もなければ、ポルナレフ、アヴドゥルから花京院、イギーに至るまで承太郎の凄みにビビっている人間は誰もいなかった。
「ん?花京院、ハーモニカは有るぞ? 使うか?」
差し出してくるハーモニカを、花京院は目を輝かせて受け取った。が、困ったように硬直する。
「僕、マトモに暗譜できているのは“TAKE ME HOME,COUNTRY ROADS”だけなんですが……」
「ああ、それなら知ってるぜ!」
ポルナレフが朗らかに笑う。
「ジョーン・デンヴァーじゃな。ワシァ彼のならいろいろレコードもっとるぞ」
「本当か!? ジョースターさん、今度貸してくれよ!」
「ジョースターさん、僕も貸してもらってもいいですか? 探しても見つからなかったんですよ」
和気藹々と話合う四人に、取り残された承太郎とイギーが目を見合わせる。
「んだよ」
「イギギ(混ざりてーならそういえよ、ガキ)」
なんとはなしに貶された雰囲気を察して青筋を立ててにらみ合っているうちに、いつのまにか前奏が始まっていた。
バラバラの楽器で奏でられるハーモニーと、仲間たちの視線が承太郎を呼ぶ。
「――やれやれだぜ」
「〜〜♪」
前奏がアコーディオンとハーモニカによって奏でられる。じ、っと二対の瞳に見つめられ、承太郎は今度こそ、少しだけ口元を上げて口癖を漏らした。
承太郎を巻き込めたことに、ニヤッと二人が笑う。
承太郎は二人のあいだの椅子に腰掛けて口ずさむ。ジャズアーティストの父を持つ承太郎は、決して口にすることはないが、抜群に歌が上手い。更に英語圏の母のお陰もあってか発音も完璧だった。
低く暖かい声が、故郷を思う歌を奏でる。
「Almost heaven, West Virginia――.Blue Ridge Mountains, Shenandoah River……」
白黒の鍵盤を弾くポルナレフが、高音パートを歌って花を添え、花京院のハーモニカの主旋律とアコーディオンの伴奏が歌に寄り添って絡みあう。
「……All my mem’ries gather’ round herMiner’s lady」
決して超絶技巧ではない。だが、ただただ楽しいと奏でられる楽曲は心を浮き立たせる。それはきっとウィーンのオーケストラにも劣らない。
「stranger to blue water.Dark and dusty, painted on the sky.Misty taste the moonshine, teardrop in my eye……」
繰り返し部分に差し掛かった時、突然軽快な打楽器が加わった。
歌を切らずに振り返れば、民族楽器風の太鼓を叩くアヴドゥルが密かに参戦しており、若者三人と彼で目を見合わせて密み笑う。タブラだと、いつか旅の中で教えられたことを思い出した。
打楽器の軽快なリズムに支えられた合奏は、また更に華やいでいく。
「Country ro――ads, take me ho――me……To the pla――ce I belo――――n. West Virginia――, mountain momma――.Take me ho――――me, country ro――ads」
次ぎに加わったのは、弦楽器の弦を弾いて生まれる独特の音階。
承太郎が横目で見れば、壮年のジョセフがアコースティック・ギターを抱えて弾いていた。軽やかなギターの伴奏が弾ける。ポルナレフの足元に、いつやって来たのかイギーがふてぶてしく寝そべっている。
あの旅の仲間が、一人もかけることなく此処に全員揃っていた。
ポルナレフは更に嬉しそうに声を張り上げた。
花京院も、目を細めてハーモニカを奏でる力を増した。
いつの間にか集まった観客は、はじめこそ目を丸くして即興のバラバラな楽器で奏でられる、調和のないようである、奇妙な五重奏を見つめるが、すぐに楽しげに目を細めて聞き入っていた。
ポルナレフに釣られて承太郎の歌声も多少大きくなる。
「I hear her voice, in the mornin’ hour she calls me. The radio reminds me of my home far awa――y.And drivin’ down the road I get a feelin’. That I should have been home yesterda―――y, yesterda―――y」
すぅ、と承太郎が息を吸う。それに合わせ、アヴドゥルが低音パート、ポルナレフが高音パートを歌い上げ、三人の声が重なって響く。ジョセフは承太郎の主旋律に添うようにハミングしていた。
「Country roa――ds, take me home.To the place I belo―――ng.」
「Let’s sing a song!」
ジョセフが花京院に目配せを贈る。遂に花京院も二回目の繰り返しで気がついたのか、ハーモニカから口を離して合唱に加わる。
「Take me ho――me, country roa―――――ds―――……」
五人の男たちの恵まれた肢体を震わせる声が、エントランスホールに響き渡る。
「West Virginia, mountain momma.Take me home, “down” country roads……」
承太郎の最後の余韻と、ジョセフのギター伴奏が最後を締め括り、耐え切れなかったポルナレフが終わるやいなや「ブラーヴォ!」と拳を上げる。
花京院は気の抜けた顔で笑う。
「はーっ、久しぶりに歌を歌いましたよ」
「承太郎はやはり歌が上手いな……。私も久しぶりに歌ったよ花京院」
アヴドゥルが肯けば、イギーが声をあげた。珍しく、険のない吼え声にジョセフが喜んで笑う。
「イギッ(まぁまぁだぜ)」
「なんじゃ、イギーも良かったか?」
言えばフン、と鼻を鳴らすが、イギーはそこから離れることはなかった。
「さて、飯食いに行くか!腹減ったぜ!」
ポルナレフがアコーディオンを片付けて立ち上がる。
その言葉に、当然のように五人と一匹は連れ立ってレストランへと向かっていった。
その場から離れていく旅の仲間たちを見送って、ホールの隅でソファーに腰掛けていた仗助が隣の億泰と康一と目を合わせた。
「グレ〜〜〜〜トッ!カッケ〜〜ッ!」
「すごいねえ〜〜あれ、カントリー・ロード、だよね?五年ぐらい前にアニメ映画化されてたやつの主題歌だよね!僕日本語のやつしか知らなかったや!」
「すげえなァ〜!オレ楽器とかリコーダーしか吹けねーよ」
「僕も学校で習ったアコーディオンとかリコーダーしか吹けないや。仗助くんは?」
「オレェ〜?オレもそんなもんだぜ〜ガキン頃に木琴とか鉄琴とか」
だよねえ、と康一が頷く。
沈黙が下りたかと思えば、仗助がちいさく口ずさむ。
「カントリ――・ロ――――ド。このみ――ち――」
仗助はいつの間にか自分が口ずさんでいた曲に、苦笑した。康一が合わせ、ついで億泰が思い出しながら
「ず――っと――ゆけば――――」
「あ――の――街に――」
「つづいて――る――」
「気がす――る――」
カントリ――・ロ――ド――と声を合わせる少年たちは、その日のうちに誰も彼もが楽器を携えて歌いだすようになることなど、知る由もなかった。
柱の男たちは彼らの言語の歌をウン十万年ぶりに歌って本の少しセンチメンタルになり、イタリア人たちはギャングでも波紋戦士でも陽気に合唱する。
イギリス人たちは、吸血鬼も戦士も波紋戦士もゴロツキも幼い頃に遊んだマザー・グースを熱唱し、日本人ははやりのポップスを伴奏付きで歌いだす
その火付け役になった五人の男たちは引切り無しに合奏に引っ張り込まれる羽目になることもまた、今は誰も知らない。
承太郎は、背後に聞こえる少年たちのユニゾンに帽子を目深にかぶって苦笑する。
旅の一夜の思い出と、賑やかなお祭り会場での思い出が、今、宝物のようにその曲の中に詰め込まれてた。