「なあアヴドゥル。承太郎の腹の傷。残るか?」
ジョースターさんに波紋で手当をされている承太郎を横目に、ポルナレフは声を潜めてそう訪ねた。その声の悲壮さに、私はベッドに腰掛けて小さくなっているポルナレフと、承太郎を交互にみた。
寿太郎の傷はかなり痛むらしく、常の飄々とした顔を少し歪めて脂汗をにじませている。腹部には、決して浅いとは言えない刀傷が血を滴らせていた。
ポルナレフの方には細かな打撲痕が残っている程度で、治療が必要なほどの怪我ではないようだった。しかし、承太郎よりももっと酷い怪我でも負っているように顔は青ざめており、狼狽えている。
「――いや、あの子は強い。きっと残ったとしても微かだろう。刃が折れていたのも幸いしたな」
「……そうか」
「おい、人を勝手に子供扱いするんじゃあねえぜアヴドゥル。……っ」
「こら、治療中に喋るんじゃないわい。ビリっとするぞ」
聞こえていたらしい承太郎が口を尖らせて文句をいう。ジョースターさんが慌てて嗜めるが、すでに痺れるような波紋の感覚が承太郎を襲ったらしい。険しい顔がさらに険しくなる。
しかし、その痛みもさらさら表情に出さず、承太郎は口元を吊り上げてポルナレフに挑発的に笑いかけた。
「テメエにヤられた程度の傷、屁でもねェ」
「ま、ポルナレフにやられる様な承太郎じゃあないな」
「なにをっ!」
私も承太郎に合わせてポルナレフを揶揄えば、ポルナレフはムッとした顔でガキ臭く拗ねて見せる。ベッドに飛び込んで俯せに不貞寝をきめこんだ振りらしい。
枕に遮られてくぐもった声で、ぼそぼそと呟く。
「……悪かったな、承太郎」
「やれやれだぜ」
承太郎はホンの少しの安堵をにじませていつもの口癖を漏らす。部屋の脇のイギーが呆れたように欠伸をして、ポルナレフの上に陣取った。ポルナレフが鼻を啜る音は、聞いていないことにしてやろう。
「さて、今度は肩じゃ」
「おう」
腹部に包帯を巻きつけ終わり、次を促すジョースターさんに従って、承太郎は学ランという日本の学生の制服を脱ぐ。その途中で学ランの肩口を矯めつ眇めつ見つめ、じっとりとしたため息をついた。やはりまた破れてしまったらしい。シャツは替えがあるものの、学ランばかりは日本から遠く離れた場所で買うことが難しい。私の離脱していた頃、運命の車輪《ホイール・オブ・フォーチュン》というスタンド使いとの戦闘で燃えてしまって以来はウールで形ばかりを真似た学ランを着込んでいる。余程好んでいるのだろう。
「アヴドゥル」
その敗れた学ランを持った承太郎が、私を呼ぶ。少し気まずそうな顔で、帽子に指を添えるのは、彼が珍しく頼み事をするときの癖だった。
「分かった。構わないさ。フロントで針と糸をもらってこよう。明日には直せるだろう」
「すまん」
日本人らしく小さく頭を下げる仕草に、彼の粗暴にみえる風貌の下の、細やかで暖かい性質を見つけて私の心も暖かくなる。初めて出会った時はどんなに横暴で暴力的な少年かと思っていたが、その実、誰よりも優しく思いやりを持つ少年だと、私もすぐに気付く事が出来た。そのことが少しばかり誇らしい。
「なに、構わんさ」
私の返事にほっとした顔をして、今度はアンダーのTシャツを脱ぐ。彼の肩口に、刺し傷が抉れていた。もともとの筋力と応急手当で血は止まっているが、酷い傷痕だった。
十八歳の少年の体躯とは言い難い、常人離れしたたくましい身体には、今出来たばかりの傷の他にも、あまたの傷がまだ癒えきらずに残っている。普通に生きていれば負うはずのない、命を危ぶむような傷に私はやはり歯がゆい思いがする。
彼の――否、彼らジョースターの運命は、どれほど数奇なのだろう。平凡な幸せを望むことさえ難しい、度し難いほどに難しい運命の捻れの中に彼らは生きている。それは、百年前の吸血鬼に始まった因縁によって、捩れてしまった運命の潮流を正すために挑み続けているようなものだ。
闇夜の中に道を指し示す星のような、海の中でもがいているような一族。その辛苦を歯を食いしばりながらも耐え切れる高潔さとタフさと、黄金のような正義と愛の心があるからこそ、神はこの一族にこれほどの困難を与えることを赦したもうたのだろうか。
十八歳の少年にさえ、その重たい運命の傷跡はすでに残っている。
ジョースターさんの体躯に、数多刻まれた戦いの痕と、喪った左手も、その運命の齎したものだ。
――運命の捻れが、この旅で終われば良いのだが。
DIOを倒すことが、彼らの背負う重責から開放することになればよい。
「少しビリっとくるぞ」
「おう」
ジョースターさんは眉を潜めて指先を彼の傷口に当てる。承太郎ももう慣れたもので多少身構えただけで波紋の刺激に耐えた。
細胞を活性化させ、暫くのうちにうっすらと皮膚が形成されて痕になる。表面を閉じただけで中は自然治癒に任せるそうだが、それでも“波紋”の力にはいつも驚かされた。
そろそろフロントに行くかと立ち上がる。
「――では私はフロントで針と糸をもらってきますねジョースターさん。ポルナレフ、一緒に来るか」
「おう」
ずしりとくる学ランを片手にポルナレフを伴って部屋をでる。二人一組の行動の原則は忘れていなかったらしい。
ドアを締める寸前、苦痛に顔を歪める承太郎が見えて、息を詰めた。痛くないはずもない。辛くないはずもない。
「……承太郎は、強いな」
「ああ」
ポルナレフにも見えたのだろう。
「迂闊に操られた俺を、責めりゃあいいのによ」
「ハハ、『もうお前と二人で出かけてやらねえ』って言ってたぞ」
「……それは嫌だぜ」
ポルナレフは泣き笑いのような表情に顔を顰めて拳を固めた。
敵もまた手ごわくなるだろう。星を見ずとも、タロットを繰らずとも、夕日が沈めが夜が来るようにはっきりとそう感じられた。
終