「原田さん、はいこれ!」
やけに高揚したマスターに差し出されたものに左之助は首を傾げた。
当世の均質なものではない、薄青色の楮紙である。こよりが天辺に付けられたそれを見てああ、と納得した。
「もう七月でしたっけ」
「そう! この短冊に心からの願いを書いて、食堂の笹に吊してね。ウィッシュパワーを集めてユニバースカササギに星間ブリッジを渡してもらわないといけないんだ」
「あらら、トンチキですね。織り姫でも召喚したんすか?」
「ちがうよ!! 銀河の危機だよ!」
はつらつとマスターはそう言い投げて、他のサーヴァントに短冊を渡しに駆け抜けていく。彼の手には数十枚以上の短冊がわし掴まれていた。
ただの短冊かと思えば、僅かに馴染みの無い魔力の気配がする。ひらひらと指先で弄びながら左之助は逡巡した。
「願いねえ……」
願い、願望、希み、夢──左之助は僅かに苦笑してその薄青い楮紙を天井灯に透かした。まるで朝ぼらけの空のような銀が漉き込まれている。
発句か歌でも認めるのが相応しい上等の紙だ。
欲の深い、ぬかるんだような左之助の願いを描くには、あまりに清々しい五月晴れの色をしている。
しまい込んで、無かったことにして、殺してもなお、己の二つ名の如く死に損ねる願い。
それは確かにある。
だが、決して表には出せぬものだ。
はてさてどうするか。
左之助は空白のそれを手に持ったまま、食堂を目指して廊下を進んだ。
廊下を歩む左之助の背中に、遠慮会釈の欠片も無い重みが追突した。ぐっと力を込めて肩を腕を回される。
「左之助! お前も貰ったか!」
「いッ……てェ! 巫山戯んな、アホンダラ!」
たたらを踏みながらも何とか廊下に激突するのを防ぎ、左之助はぎろりと自分の肩に腕を回す下手人を睨み付ける。
無論、言うまでも無く永倉新八である。当世風の若々しい姿のまま、口先で謝罪をする顔はにこにこと上機嫌だった。
「悪ィ悪ィ! 食堂に向かってるってこたァマスターから貰ったんだろう? 聖杯短冊」
「……そんな恐ろしいモンとは聞いてねェが」
「何でも、笹に吊した願いの中から一つだけ願いが叶うんだとよ」
なるほど、それは聖杯短冊とは言い得て妙である。
「で、左之助は何にすんだ?」
「お、れは……」
破顔する男の手には、左之助の手の中のものと色違いの短冊が揺れている。
その薄紅は左之助とおなじく空白で、少しばかり安堵する。
左之助は少し目を細めて己の短冊を揺らした。
腹の底の願いではなくとも、日々のお願い事くらいならばすらすらと口を突いて出てくる。それはきっとこのカルデアでの嘘偽りの無い生活があまりに夢のようだからだろう。
「……ビーマの兄さんのカレーを腹一杯喰うとか」
「クカカッ、それ本人に言ったら張り切って作ってくれるだろうぜ────って、ん?」
左之助の短冊に、じわりと墨が滲んでいく。慌てて裏を見るが、墨は短冊から自ずと滲んで形を作る。
──×
自ずと浮かび上がったそれに、左之助は思わずごくりと息を詰めた。
明らかに今、左之助の答えた願いに対する否定である。
「──何だこれ」
「ああ! …………えーっと、な」
「何か聞いてんのか」
「マスターが言ってなかったか?『心からの願いを書け』って」
──○
今度は新八に応じている。
心からの願いを念じれば、それが墨痕として浮かぶのだという。
「心からの願いね……」
左之助は口元を皮肉げに曲げる。
「もう叶っちまってんだよなあ」
「左之助……」
「『もう一回』も。『今度こそ』も。何の因果か、サーヴァントとしてそれが叶った。これ以上願っちまったらバチが当たるだろ」
まっさらに沈黙する短冊を左之助は指の腹で擦る。
「俺が裏切り者だったって、出会ったときから幕府の密偵だったって、それを知った上でさえ。お前は俺を親友だっていいやがる」
だから、それでいいと思ったのだ。裏切り者であったと暴露てもなお、友として過ごせるのは望外の喜びだ。それは決して嘘でも欺瞞でもない。だからこそ、それ以上を望むことを、左之助は己に許せない。
「──左之助」
「これ以上、願いごとなんて──」
真っ直ぐに彼を見ていられなくて、目を逸らす。痛ましいものを見る目をしているのだと思えば、それも心苦しかった。
「左之助!」
新八が二度、左之助の名を呼ぶ。横目で見れば、彼はどこか、柔らかな顔をしていた。
左之助は思わずその顔に向き直る。
何かを期待しているような、何かを求めているような、どこか気恥ずかしげな目が左之助を見る。
「なあ、俺の短冊、読むか?」
「あ?」
彼はもう心からの願い事を定めたのだな、とそれを見て思う。
彼らしい、強い相手と戦いたい、などだろうか? それとも良い酒か、良い映画か。
それが叶うために出来ることがあるなら出来る限り手伝ってやってやろう、とも思う。
新八の剣胼胝だらけの硬い掌が左之助の手を開かせて、そこに彼の短冊を乗せた。
まだまっさらな薄紅の短冊に、一点、墨が零れたように滲む。
「なあ、左之助よ」
短冊から目を離して、左之助は新八を見上げる。
「バチが当たるなら俺も一緒に当たってやるよ。お前ともう一回出会って、今度こそ傍に居て──俺も欲が深いジジイになっちまった」
若りし日のまま、瞳ばかりが海のように深い。
左之助の知らぬ歳月を重ねた男の、晴天の瞳が深い想いをたゆたえる。左之助が共に背負えなかった荷を背負い続けて生き抜いた翁の目が、穏やかに左之助を見つめていた。
「新八……」
「お前にも願って欲しい。それが俺とおなじ願いだったら最高だ。……実は、そうなんじゃねえか、と思ってんだ」
短冊には、彼の磊落な雰囲気からは思いも寄らぬ達筆の手蹟が自ずと表れていく。
笹の葉のようにさらりさらりと綴られていく。彼の手蹟であることが、まさしくこれが彼の心からの願いであることの証左であった。
──原田左之助忠一を某に申し受けたく存じ候
目を丸くした左之助の目の前で、墨が左之助の薄青の短冊にしたり顔で文字をしたためていく。
それがどんな艶書であるかなど、目の前で五月晴れの空の如く晴れ渡った笑顔を見せる男の前では、語るにおちたことである。
完
2026/7/12 ぱちさのワンドロワンライ参加
「お前これを笹に吊したら許さねえからな……」
「しまった、ウィッシュパワーを笹に集めねえといけねえのに叶っちまった! スペースカササギブリッジ建設はオキタ・J・ソウジとデトネイト・ヘイスケに頼まれてたってのに!」
「もう何言ってんだお前……」
「ギャラクティカ・イサミンに怒られる。やっべえ、俺たちもなるしかねえな……」
「は?」
「仕方ねえ、俺がガムシン・パッチになってスペース・トシゾーの進撃を食い止める。後ろはお前に任せたぜ!!」
「…………なんかぐだぐだしてきたな……」
