当たり前でしょ!とコックピットから野次が飛んだ

 なんと美しいふねだとフランキーは感嘆した。
 サニー号にもシャークサブマージ3号があるため、もちろんフランキーは潜水艦を造ることはできる。その上で、この艦は合理的に、かつ夢と愛にあふれていた。

 麦わらの一味の一部がゾウで彼らの母艦に乗り込んで数日。
 流石に同盟相手とはいえ海賊船の心臓とも言える機関部への立ち入りは遠慮していたがそれもつかの間のことだった。
 お互いにろくな打算も含みもない同盟であったこともあり、ゾウでの宴を経て、艦で同じ釜の飯を食べる内に気の良いクルーとは随分と仲良くなった。
 中でもフランキーはどう見えていたのやら、艦のキャプテン自ら「そんなに興味があるなら見るか」と誘われてコックピットへ案内されるほどであった。 

 ポーラータング号の頭脳そのものと言えるコックピットに足を踏み入れてフランキーはほう、とため息を吐いた。偉大なる航路でW7の造船技術を流用していない潜水艦は珍しく、フランキーは密かに──傍目にはもう明らかに──心を躍らせながらそこへ造船技師としての視線を向け、そして全てを理解した。
「ああ、初心者の艦なのか」
 ぽろっと零れた言葉に、ローの視線が刺さる。ついでにコックピットにいた数名が怪訝そうに視線を尖らせた。
「あ?」
 機嫌を損ねた言葉足らずを自覚してフランキーは続けて言葉を重ねた。とはいえ、それは確かに事実であり、弁明することでもない。フランキーは艦の無数の計器に柔らかなまなざしを向けて呟く。
「ここの計器類の説明、逐一書いてあるだろう。わざわざすり切れないように板金で、細かく」
 一番近くにあった深度計の下の板金をそっと撫でる。文字を刻む鏨は丁寧で優しい痕を残している。板金に刻まれているのは計器類の名前だけではない。計器の意味、メモリの意味。それらがしっかりと書かれている。先の見えぬ深海でも真っ直ぐに進めるように。
 コックピットのクルーの目がおそらく毎日当然のようにそこにあった板金を見つめた。
 フランキーなら省略する。潜水艦を造れと言われて作るならそれに乗るのは熟練の潜水艦乗りだろうし、自分で乗り込むなら自分が理解していればいいことだ。
「潜水艦を動かしたことのねェ船乗りでも分かるように造られてる。お前らにとっては初めての艦か」
「船大工ってのはそこまでわかるものか」
 ローが眉を寄せて呟く。
「この艦の技師も乗り込んだとき同じ事を言っていた」
「おれがスーパーな船大工ってのは無関係じゃねェが! おれレベルの造船技師なら大概は理解するだろうな」
 頑丈な外壁は中の大概の岩ならぶつかっても破壊できるほど。
 フランキーならもう少し薄く造り、速度を出そうとするだろう。けれどそれに合わせる強力なスクリューで移動速度は通常の潜水艦以上の機動力を確保している。
 乗組員を守りたい気持ちと、この艦とどこまでも遠くへ連れて行きたい気持ちとがフランキーにはよく分かった。
「この艦を造ったスーパーな技師は、この艦に自分は乗るつもりはなかったんだろう? お前らの為の艦だ」
「なぜ分かる」
「他の場所でもなんとなく察しちゃいたが、ここが一番わかりやすい。トラ男、おめーさん、この船に乗ってから身長伸びたか?」
「いや」
 首を振るローにフランキーはくくっと喉の奥で笑う。だろうなと思う。
「お前が艦長としてそこに立ったとき、一度でも見てえ場所で誰かに視線を遮られたことあるか?」
「……いや」
 一番大きなジャンバールが居たとしても、ローの視界は遮られない。流石に巨人族は想定外かもしれないが、人間なら艦長として立つローの視界を遮らないだろう。
 そういう風に造られている。
 フランキーがサニー号を作ったように、この艦は作られている。
 同じ艦は決してない艦を作り渡すのは、船大工にとっての最大の愛情だ。
「お前さんに合わせて造ってるんだろうな。あと、シロクマの兄ちゃんに合わせて操縦桿やスイッチあたりは全部距離とってるだろ。爪も大きめにとって開きやすくしてる」
「そういえばそうだ」
 とベポが呟く。
「いい艦だ」
 フランキーは心からそう賛美した。
 コックピットの空気がふわっと暖かくなる。自分の艦を褒められて喜ぶ乗組員クルーに、船大工としてのフランキーも我がことのように嬉しく思った。
 ローもまたまんざらではなさそうだった。
 後ついでに、とフランキーは一番に思ったことを指を立てて指摘する。
「あと、キッチン併設の米専用倉庫とか普通ねェから」
 冗談だろ、とローがここ一番でびっくりした顔をしていた。