結局前夜祭から後夜祭までフル参加し、メダルは肥前がもらった

「ええ~~~? えいがか~~~」
 悲鳴とも歓声ともつかぬ声に、肥前忠広はぎょっとして通りすぎかけた部屋を振り返る。
 それはそれは聞き慣れた声であるというのに、何なら見も知らぬ娘子のような黄色い声。いや、娘子というには野太いが。
 恐る恐る襖を指先ほどに開き、息を潜めて覗き込めば、やはり見慣れた背中がうきうきとしている。その向こうには机を挟んで今日の近侍の蜂須賀虎徹がが微笑んでいる。背後の肥前には気がついてすらいないらしい。
──腑抜けすぎだろ……。
 顔を顰めた肥前に気がついた近侍がふっと目元の笑みを深め、しー、と目配せをする。叱り飛ばしてやろうとした肥前はそれに口を噤む。
 戦装束の尾長鶏のような帯飾りを揺らす勢いではしゃいでいる刀は肥前と蜂須賀のやりとりにさえいっさい気付かぬままであった。
「まっこと? まっことなが?」
「うんうん、本当だよ。我が本丸も特殊任務とやらを任命されるくらいになったということだね」
「隊員はわしが決めてえいがか? 蜂須賀」
「もちろんだよ、隊長どの。でも隠密任務だから二振り任務ばでぃだよ」
「まっはっはぁ、まーかせちょけえ! 少数精鋭じゃあ」
 特殊任務、隠密任務、少数精鋭──言葉は酷く物騒だが、話し合う二振りの声は弾んでいる。
 と、いうよりも陸奥守の機嫌が豊作の芋を前にしたときよりも天井知らずである。手元の半紙になにやらを書き付けているが、どうにも筆が踊っているようだった。
「任務外の時間は自由ながじゃろ?」
「そうだね、むしろその時代、土地に馴染むように振る舞う必要がある、かな」
「ほうかえ~~~~ほうか~~~」
 と、いうより、これほどにはしゃぐ刀を見るのは初めてであった。普段、はしゃいでいるようで頭のどこかは必ず冷静な刀が、これほどに。
──何事だ?
 いっそ不気味ですらあると、肥前が眉を顰めていることに気がついた近侍がくすくすと笑う。
「長期にわたる任務なのだから、はしゃぎすぎてはいけないよ」
「わかっちゅうわかっちゅう」
 ふう、とようやく息を吐いた陸奥守だが、後ろ姿でも分かるほどににまにまとしている。
 ふは、と蜂須賀が堪えきれない様子で吹き出した。
「懐かしいなあ、貴方がこんなにはしゃぐなんて、肥前忠広と南海太郎朝尊の歓迎会前会議の時みたいだ」
「──そがあに?」
「うん。そのときも、こんな風にたくさん考えたよね」
「……ほじゃの。歌仙と光忠には無理を言うた」
「皿鉢のお皿と魚を市場に俺とこっそり買い付けに行ったっけ。あ、内緒だったね」
 蜂須賀の視線が、陸奥守と共に肥前にも向いている。陸奥守は照れくさそうに後ろ頭を掻く。
「──これは任務だけど、是非楽しんできておくれ。よさこい祭り市民憲章隊護衛参加任務」
 にこにことしながら命を下した近侍殿に肥前はがくっと崩れ落ちる。
「──特殊任務って、特殊近現代中期遠征バカンス任務かよ……!」
「そうそう、いずれ高知県の県知事になる人物が高知県を好きになって移住するきっかけを改変しようとしているそうだよ」
「……なんの為に……」
「俺に聞かれても……」
「なっ、ないで居るがじゃ!」
 呆然として肥前を見ていた陸奥守がようやく我に返る。手元のものを隠そうとして失敗していた。
 その両手にあるのは、もうどう見ても”る●ぶ”とか”●●の歩き方”やらである。なんならちゃぶ台の上には鳴子が置いてある。大事そうに抱えているのは、どうみても例の、互いの前の主の名を冠した観光パスポートである。
 一生懸命に半紙に何かを書いているかと思えば、中身はどう見ても観光スケジュールだ。
──おまえ。
「ちゃちゃちゃぁ! 返しや肥前の!」
 高い筆圧で踊るような文字の跳ねる半紙をひったくり、軽く目を通しす。だんだんと目を反らす刀を睥睨する。
「てめえ……」
「ちがうちや!! 任務の名目で観光するがやなんてそがあなこと思いゆうわけないろうが!」
「嘘吐けてめえ! お前任務の名目でどればあ遊び尽くす気だ! 絶対に任務にひろめ市場はいらねえだろ!」
「おんしゃあ、土佐に行くがに田舎寿司とうつぼの唐揚げと鰹のたたき食べんつもりながか!」
「食べるけど、だ! 坂本龍馬記念館はもういいだろ! 今更俺らが何を勉強するんだよ龍馬のよお!」
「龍馬が土佐で愛されちゅうがを見たい! 桂浜の銅像と駅前のも見たい!」
「瑞山記念館行くなら先生と行ける時にしろよ!」
「それはそうじゃな!」
「はりまや橋見に行くのはいらねえだろ! 別にいいだろ!」
「ひろめ市場いくついでに見たらえいもん!」
「むろとの水族館は!?」
「廃校の水族館ぜよ!? 絶対面白いちや!」
「仁淀川でキャンプとBBQは本当に任務関係ねえよな!?」
「えっ、バーベキューぜよ? 肥前の? 夏の仁淀川見ながら肉食べんがか? 嘘じゃろ? にこ淵も先生んちも見に行けるぜよ? レンタカー借りれば」
「……いや、BBQは……するけど、だ……。って、こっちは土間のひまわり!? 祭りの時期にはもう盛りが終わってんだよ! あそこは早咲き遅咲きのひまわりだろうが!」
「ちっくと長めに任務に行けばえいき……」
「何ヶ月行く気だ! 六月から十月まで行くつもりか!」
「……おまんもなかなか詳しいにゃあ……」
「ああ? で、その鳴子は!?」
「今から練習して、個人賞を……」
「狙うな!」
 ちゃんと鳴子が二人分あるのがもう。
「ふふ、もう行く相手は決まっているんだね」
 ぎくり、と言い合いをしていた二振りが固まる。
 箱入り大名道具の近侍殿は目の前の二振りが真っ赤な顔をしているのもも気にせずにほけほけと続ける。
「俺も阿波おどりの参加任務あったら浦島と阿波にいきたいなあ」

 

2025/07/20 #ひぜむつ版真剣60分一本勝負 参加作

お題:ひまわり/夏の楽しみ