明るい満月はまるで昼間のように森を照らす。仲間たちが寝静まった森の奥では、夜行性のポケモンたちがさざめく音が聞こえていた。
ジョウト地方とホウエン地方の境目にあるこの森には、ホウエンでもジョウトでも珍しい、本来ならカントーに棲息するはずのポケモンが暮らしている。
その所為か、手軽にカントーのポケモンを捕らえることのできる狩場としてポケモンハンターたちは昼夜を問わずに森に攻め込んで来た。
今、マタドガスとアーボックが目を覚ましているのも、それを警戒しての見張りだ。
満月の晩は特に、ハンターたちがやってくる確率が高い。
かつて、愛すべき主人のポケモンだったころは、満月の夜といえば友達のリサイタルを聞く夜だった。
今でも、目を閉じればアーボックの耳の奥に切ないギターの音色が蘇る。
ギターのない満月の夜の、味気のないことといったらない。
――ニャースの歌が懐かしいね。
まるで心を読んだかのように、マタドガスがアーボックに話しかけた。寝入る仲間たちを起こさぬようなひそやかな声に、アーボックも同じように静かに応えた。
――ああ、懐かしいな。
――ご主人もムサシさんもニャースも今どこで何してるかな。
――愛と真実の悪を貫いてるさ。いつもみたいに。
――それでまた、ピカチュウくんを狙ってるんだよね、きっと。
――あいつ、強いからなあ。
アーボックがため息をつくと、マタドガスが鷹揚に笑った。尾てい骨までビリビリと痺れるあの10まんボルトの威力は、並みの電気タイプの電撃ではない。
――また、会いたいなあ。
マタドガスがしみじみと呟く。アーボックも目を細めて頷いた。
――おれ、ご主人のポケモンになれて幸せだ。
――にんげんなんてさあ、じゃなかったっけ?
――ご主人は別。
ご主人に贈られる前のことなんて思い出したくもない。そう言うと、マタドガスも同じだったようで苦笑していた。
ポケモンに悪い奴はいない。トレーナーによって善にも悪にもなる。
アーボックはアーボのころからそう思っている。ある懐かしい島でニャースやピカチュウたちに告げた言葉に嘘はなく、今でもアーボックにとっての信念である。
しかし、たとえ悪でも善でも、ご主人に忠義を尽くすのがトレーナーのポケモンとしての本懐だ。
ムサシもコジロウも確かに悪いことはするが、自分の手持ちに無体を強いることは決してない事が救いだった。
幼い日、硬くて冷たい檻の中にいた頃を思い出す。ドガースと身を寄せ合って眠った。人間たちは恐ろしく、出されるご飯はぼそぼそと不味かった。
ロケット団に盗み出されるまでは、それが世界の全てだった。
マタドガスがぽつりと呟く。
――月も沈んだし、そろそろ朝だねえ。
――くよくよするのはさー、五秒で十分じゃない?
森にまた朝が来る。東の空がほの明く白んでいる。
早起きのアーボがそろそろ目を覚ます頃合いだった。交代の時間だ。
――そーだな。
どこかでポッポの鳴き声がする。
――じゃあ、そろそろぼくは寝るよ。
――おれも。
遠くカロスの空にも満月が登っている。
「明日もー回るー」
ニャースのバラードを聴きながら、うとうとと微睡むムサシの頭に、同じくコジロウの頭に、ふと懐かしい姿が浮かんだ。
「そういえばマタドガスたち元気かなあ」
「元気に決まってるじゃない。私のアーボックも一緒なのよ」
ムサシは胸を張る。コジロウも同意した。
バケッチャとマーイーカは聴きなれぬ名に首をかしげる。マーイーカがコジロウの顔を覗き込めば、コジロウは頬を緩めた。
「そういえばマーイーカたちはあった事ないもんな。あのな、マタドガスっていうのはな――」
例えどんな形でも縁は巡る。
いつかまた会える日を願って、ロケット団の旅はまだまだ続く。
続くったら続くのである。