殻を融かす

長く赤い闇を駆け抜けていくうちに、いつの間にか何時も後ろについてくる子供が現れた。

「先輩、三里向こうに目標のベースキャンプです」
「総員散開。俺とテンゾウは子の方角から向かう。ほかは攪乱しているうちに目標を奪取。散」
「はっ」
 木々の隙間から部下が、木の葉擦れにも満たないほど微かな返事を返して瞬時に散開する。テンゾウは俺の後ろで枝から枝へ飛び渡る。
「派手にやってもいいんですか?」
「誰も見てないでしょうよ、構うことはないんじゃない」
 幼い顔をして稚く頷いたテンゾウが、少し顔を綻ばせたのが分かって、複雑な気分になった。
 名もない根の子供を、此方側に奪い去って早三年が過ぎた。任務を熟し人の血と命に塗れるうちに人の心を失っていく暗部の宿命を無視して、能面の顔に随分と表情が乗るようになってきた。普通は逆だろう、と俺も思わなくはないが、兵糧丸を飯と呼び、ベッドに驚いて銭湯に震えるような世間知らずには、根のような深淵でなく、普通の忍のような天道の下でもなく、薄暗がりの暗部が丁度よかったのかもしれない。
 腰に届くほどもあるテンゾウの長い髪が夜に靡いて先行する。ふと振り向いて、猫の目のような艶消し黒がこちらに振り向く。面の奥の目が笑んでいた。
 なんの因果か、この子供は俺に懐いたのだと、お前が子供を可愛がっているのだと周りは言う。住む場所もない天涯孤独の子供に、仕方なく住居を手配したのも、日常生活に慣れるまで連れ回さざるを得なくなったのも事実だが、それは俺が引張り込んだ責任を果たしているだけだと思う。
 だが、その子供は随分と俺に気安くなった。
「先輩、帰ったら、ご飯おごってくださいね。一楽でも良いですよ」
「そこはお前が俺に奢りなさいよ」
「僕は先輩より、薄給ですから」
「よく言うよ」
 あいつが俺にぽんぽんと軽口をたたけるようになったのはいつだったか、そんな事を思い返して、肩を竦める。 
 そんなあいつに、俺が軽口を返せるようになったのもいつだっただろう。
「木遁・樹林の術!」
 テンゾウの腕が木になってベースキャンプの見張りを縛り上げる。音もなく口を塞ぎ、頚椎を砕いて殺す。一人だけ口を塞がなかった忍が上げる断末魔の悲鳴に、ベースキャンプから幾人もの忍崩れと山賊紛いが飛び出してくる。人をいたぶって啜る甘い蜜が好きそうな虫以下の下郎の顔ばかりうようよと現れ、拍子抜けする。先ほどの見張りが忍で、残りは忍崩れの山賊に、チャクラのチの字も知らぬ山賊紛いばかりだ。
「まさか、貴様らは木ノ葉の暗部!」
 耳障りな悲鳴に顔が険しくなっているように思う。悲鳴を上げた忍崩れを水遁で数人を吹き飛ばし、土遁で数人を生埋める。この程度、オビトに譲られた写輪眼を、リンを殺した千鳥を使うまでもない。
「くそォ! 殺せ! たかが二人、多勢に無勢で適う訳もない!」
 どら声の山賊に、テンゾウがくすくす笑う気配がした。まあ確かに、見えるものしか見えてない山賊の御気楽さは笑えるだろうけど。
「テンゾウが笑うなよなあ」
 部下の一人が俺を代弁してテンゾウを軽く小突き、千本で一人の秘孔を貫く。テンゾウは面の下でさぞ恨めしげな顔をしていることだろう。その顔を想像すればとても愉快だった。
「カカシ先輩、任務完了しました」
 くノ一の部下が懐で風呂敷に包んだ漆箱を覗かせる。確かに目的の重要美術品に違いなかった。
「ご苦労。じゃあ帰ろうか」
 部下たちのきりりとした返答とともに、木ノ葉に帰参する。
「先輩、ご飯奢ってくれますよね」
 生意気な後輩に常備食のクルミを殻ごと投げつけてやって、テンゾウが顰めっ面でそれを砕いて頬張った。周りの部下が、子供の素直でない素直さに肩を揺らして笑う。
「ふっ」
 俺も知らず吹き出していた。