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足を地下水流にひっつかまれてロシナンテは藻掻く暇もなく揉まれていく。
ロシナンテは悪魔の実の能力者、当たり前だがカナヅチだ。水に触れたところから体の力は抜けていき、流されるままになる。
──こんな時ばっかりドジるんだおれァ……
必死に吸い込んだ息が漏れないように口を押さえながら、ロシナンテは久しぶりに自分のドジを嘆いた。
数秒もしない内に舌にわずかに感じる塩っ気に海に出たことを悟る。地下水脈のいくつかは海にでるものだったのだろう。
どんどん体が沈んでいく。
頭上に白い水面が揺れ、白いはしごのような光を幾筋かロシナンテのそばに投げかけていた。普通の人間なら泳いで浮かび上がれるだろう。だが能力者のロシナンテにはなんの助けにもならない。
胸ポケットのカメコがじたばたと暴れていて、ロシナンテはせめてもと取り出す。無事に浮き上がってくれるといいと、水面に向かって浮いていくのを見送った。
こらえていた息も限界が来てごぼりと呼気が泡をつくって上に上がる。
ちくしょう、と肺の中の空気が無くなっていくのを感じながらロシナンテは自由のきかない、あっというまに暗い死の水底に沈む体で必死に水面に手を伸ばした。
藻掻き方を思い出した体が、沈みながらも必死に海面の光に手を伸ばす。ちくしょう、あと少しだったんだ。
センゴクさんが直々にくれた任務、おれは本当に一個残らず達成するするもりだったんだ。もうあの人を裏切りたくねェのに。
ああ、ローにもう一回ちゃんと会いたい。
はっきり顔が見えなかったから、あの子の病気はちゃんと治ったかおれの目で見れてない。
ああちくしょう!
なんだってあんなに死にたいと願っていたときには死なねェのに、死にたくないと思うときに死ぬんだ!
肺の空気をついに失って、ロシナンテは真っ逆さまに沈んでいく。
最後に見たのは、海を飛ぶ黄色い大きな大きな魚の幻覚だった。
→六章 今を生きていく