17
美しい花の島、エルガニア列島。
色とりどりの花が一面に咲き乱れる庭。その向こうの壁の外の街を、帽子を被った若い男が一人、巨大な屋敷の2階から見下ろしていた。
その顔は帽子に隠れて陰っている。
数千年前に火山で隆起したというこの列島は新世界では珍しい長閑なばかりの秋島だった。
人々は賑やかに露店の並ぶ通りを遊んでいる。花にあふれたよく栄えている島だ。
「お気に召したかね。自慢の庭だ」
背後から穏やかな声を掛けられて、男は肩をすくめて窓から目を。
ドアを開いて表れたのは背の高い老境にさしかかった男だった。手には金色に揺れる酒瓶が揺れている。
「さァな」
「きみが略奪をしない海賊で良かったよ。ご覧の通り穏やかな島だ。この島を守るのが島親の私の役目なのでね」
「そうかよ。……それで、いい加減おれも〝観光〟してェんだがな」
「そうはいかない。島民の不安を招く札付きはここにいておくれ。それが停泊の条件のはずだ。他の船員は自由にさせてあげているだろう?」
帽子の男が島親と名乗る男を睨み付ける。島親は肩をすくめる。
「これはお願いだよ。海軍にはすでにこの島に〝賞金首〟がいると知られているし、いつ来てもおかしくない。きみも海軍とコトを構えたくはないだろう」
「それが客に対する態度か?」
若い男が吐き捨てる。島親は肩をすくめて彼の言葉をいなした。
「海賊を客として扱っているだけでも破格だと分かってくれ。私だって海軍は苦手なんだ。元海賊なものでね」
若い男はあてがわれている豪華な客室の椅子に腰を下ろして足を組んだ。島親を睨み付ける眼光は鋭い。
「きみだからここまで許している」
大きな窓から日差しが差し込んだ。
帽子の下の若い男の、隈の目立つ顔立ちを照らした。
「この島は海賊に襲われたことはない。なぜなら皆この島が好きになってしまうからさ。かくいう私もそうだがね。飲むかい? この島の酒はやみつきになる」
男は黙って首を振った。
島親は残念そうに肩をすくめて部屋を去ろうとして、ふと足を止めた。
「ああそうだ。今から海軍の中将が来ると言いに来たのだった。部屋から出ないでくれよ」
戦争は勘弁してほしいのでね、と島親がからかうように若い男に言い含める。
「なにせきみはいまや四皇に次ぐ大海賊だ。トラファルガー・ロー」
ひらりと手を振って島親が去る。
「……誰が格下だ」
若い男──〝死の外科医〟トラファルガー・ローは閉じた扉に吐き捨てた。
窓を見れば、花に包まれた来客用の馬車の中にこじんまりと収まっている海軍将校が今まさに門を入ってくるところだった。
その将校たちをローは知っている。
「──G-5、か」
低く呟いて、ローは足早に隣の部屋の扉を開く。
「ベポ、いい作戦を思いついたぜ」
外に向けて耳を立てていたベポが目を丸くして船長に振り返った。