一兵卒と海軍の英雄

 もうだめだ。最後の一人を艦に送り込み、下卑た海賊どもの銃口はぐるりと自分を狙っている。殿を務めたせいで一人海賊船に取り残された。引き金は今にも引かれようとしている。
──ごめん、ばあちゃん。おれ立派な海兵にはなれなかった!
 そう思いながら思わず目を瞑ると鋼鉄に当たったような音がしてはっと目を開く。目の前に巨大な正義が、海兵を守るために聳えていた。潮風にコートはたなびき、鋭い眼光が彼を象徴する犬の帽子の下でぎらぎらと燃えている。
──海軍の英雄、ガープ。
 海兵は呆然とした。
「戦場で目を閉じるなァ!」
 雷鳴のような怒声に背筋が伸びる。
 中将は背後からの銃弾を弾く。そのまままるで瞬間移動するようなスピードで死を覚悟して蹲る海兵を片手でもちあげて肩に担ぐ。老兵の顔であるのに、その得体は隆々として恐ろしいほどに強く固い筋肉に覆われていた。
「貴様、撤退し損ねたか」
 海兵は大きく頷いた。
「つかまっとれ。だが、目は閉じるな」
「は、はっ!」
 中将は海兵の返事に頷くと、手の中の鉄球を振り回した。あっという間に海賊を打ちのめす。軍艦でも太刀打ちできなかった海賊どもの船が沈む。
 英雄の肩に担がれて凱旋した海兵は目の当たりにした驚くべき人間の戦力に呆然としたまま医務室に運ばれた。

 
 見習い衛生兵の同輩に無茶をするなと叱られ、それからしばらく話し込んでいると、艦の医務室に声がかかった。
「おお、起きとったか。楽にしておれ、怪我人じゃろう」
 ガープ中将である。そのまま同輩はそそくさと去り、医務室には二人が残る。
「貴様一等兵だったか?」
  海兵は頷いた。三年前に新兵になりそれから任務を繰り返してつい先月に一等兵になったことを伝える。
「年は?」
 二十年と少しの年を答えると、ガープは低くそうか、と答えた。敵船に居残って身を隠していたことを叱られるのだろうかと身をすくめていると、大きな掌が頭を掴んだ。拳骨のガープの武器そのものである拳。
 けれど、その手のひらは不器用に海兵の頭に乗せられていた。皺だらけ肉刺だらけの英雄たる海軍将校のそれに、何故か故郷の祖父母を思い出す。

「……あまり死に急ぐな。若いもんが」

 低い声の叱責を残し彼は部屋を出る。
 取り残された自分の救出のためだけに、彼が敵船に乗り込んだことを知ったのはその翌日のことだった。