「じじい」
呼ばれて振り返れば、気まずそうな顔をした青年が一人立っていた。思わず足がすくむ。
エース。
そう呼ぶべきだろうが、喉が引き攣ったように動かなかった。なぜ、どうして、疑問と詰問が相まった思いで胸が塞ぐ。結局残るのは肌身に慣れた悲しみと寂しさだ。
「……何か言えよ」
目を逸らしながら口を尖らせるエースに近づく。自分の体躯を考えると小さいと言っていい体だった。
握り締めてばかりだった拳を解いて、彼の頬を挟んだ。彼の姿は覚えている時のまま、二十才の青年だ。もう二度と成長することのない姿のままだ。
「じじい?」
不満そうに睨みあげる顔は、幼い頃から変わっていない。いつでもそうやって自分を睨んでいた。乱暴な自分は憎まれていただろうか、恨まれていただろうか。答えを聞くことはもうできない。
徐々に気まずさと羞恥で視線は下がる。けれど、振り払ってまで離れることはなかった。それがどれだけ嬉しいか、きっと彼はわかるまい。
「……おまえ……」
痛かっただろう。怖くはなかったか。
熱かっただろう。悲しくはなかったか。
悔しかっただろう。恨みに思わなかったか。
死に顔は、穏やかだったのだろうか。
身勝手に聞いてしまいたいことが渦を巻く。
「文句があるなら聞くよ、アンタにはその権利がある」
不貞腐れた顔は不安だからだと知っている。
「わしが代わってやりたかった…」
ついに溢れた言葉にエースが目を見開いてガープを見上げた。
「……おまえの運命も、痛みも、悲しみも、わしが代わってやれれば、どれほど…」
「じじい…!?」
そんなことを言われると思わなかったのか。自分が恨み言を言うと思ったのか。
両の手に収まる孫を抱き寄せて、ガープはその薄い背をあやすように叩いた。小さな赤子を寝かしつけたわずかな日々を思い出す。たった20年も守り切ることの出来なかった愛する家族は、ぎょっとしたあとに恐る恐るガープの背に腕を回した。
「すまねェ、じいちゃん……。でも、後悔はねェんだ」
「生きてさえいてくれれば良かった…。本当じゃ…」
「うん…、あんたはおれをはじめっから愛してくれていたんだな…、ありがとう」
炎のように温かな温もりは風に吹き消されたように消える。
夢は終わった。
完