あら、彼のことを知ってるのかい?
恰幅の良い年かさの女将が海賊に笑いかけた。新世界の海。栄えた港町によくある場末の酒場には似つかわしくない写真。その写真に写っている男のことを海賊が尋ねれば、女将は嬉々としてグラスを拭く手を止めてローに身を乗り出した。その海賊が頷くと女は話し始める。
彼はね。
彼は昔ここによく来ていた海兵さんなんだよ。背が高くて寡黙で、でも優しくてこの町の娘っ子たちはみんな彼が好きだったわ。でも、ずいぶんとドジでね。もちろんそういうところが好きだった子だってたくさん居た。ドジをしてこける度にハンカチをもっていったりなんかして。
「アンタもその口だろう」
あら、よくわかったわね。
他の海兵さんなんかはきっちりしていて、娘っ子の取り入る隙なんてないように見えるのだけど、その人はドジっては笑われて本人もにこにこしているものだから、ぽーっとなってしまうのよ。でもそれは恋に恋する娘の夢。
女は遠い夢見る目を写真に向けた。
「アンタはそれだけじゃなかったのか」
本当に察しの良い海賊さんだね。
そう、あれはもう十五年以上前の話だよ。うちに来た海賊団が大暴れしたんだ。
でも可笑しいことに、そこにはその人やその友人達が遊びに来てくれててね、海賊団はあっというまに捕縛された。
船長はただ者じゃなかった。女を人質にして海兵の前に突き出したんだ。殺されたくなければ、逃がせとね。
その娘こそ、この私だった。
もうだめだと思ったよ。連れ去られるにしても、殺されるにしても、きっともう生きてはいけないと思った。
けどね。あの人は強かった。びっくりしたよ。人はあんなに音もなく動ける物なんだね。その人は船長をあっという間に倒して、すくい上げてくれた。
「そうか」
そう。それから別の支部にいってしまったと聞くけれど、この人は命の恩人なんだ。アンタ、なんでこの人のこと知ってるんだい?
「おれもこの人に命を救われたことがある」
クマの深い海賊はうっすらと笑って、グラスの酒を乾かした。
完