齢8つの将軍様

 城の屋根に飛び上がる。もうずいぶん高所恐怖症は改善されたと思う。自分自身で空を飛べるようになったのも大きいが、カイドウが打ち倒されたのもきっと大きい。
 見上げればあの日のように大きく丸い満月。きっと今日はネコマムシもイヌアラシもゆっくり寝ていることだろう。こっそりと持ち出した畳んだ海賊旗を撫でる。少し勇気がでるような気がする。
(今頃ルフィたちはどうしておるのやら)
 目を閉じれば月夜の海をすすむサニー号が蘇る。ドクロの帆をはためかせてすすむ賑やかな太陽のような船。優しい船員たち。
 かれらがいなければとっくに心が折れていただろう。
(会いたいのう)
 歯を食いしばって空を見上げて、月夜が滲んだ。
 (泣きとうない。体だけ立派になってぜんぜん心が立派にならぬ……)
 きょろきょろと周りを見渡し、人の気配がないことを確認して袖で涙を拭う。もう大人のなりをしているのだから、人前で泣くのはいやだった。
 祖父であるスキヤキや父の臣下である傳ジローから教わる政もまだまだ難しい。剣術の稽古も赤鞘や剣術指南役からつけてもらっているが一向に上達の気配がない。毎日泣き出したいのを我慢している。
 モモの助様はまだ八つなのですから。
 これからでございますよ。
 そうなだめられる度に悔しさが募ってならなかった。もっともっと強く、賢くならねばならぬ。自分はそうでありたい。
「……拙者はワノ国の将軍、光月おでんの息子でござる……ぐすっ」
 
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 ようやく漏れたちいさな泣き声。天守閣の裏で聞いていた錦えもんは小さく鼻をかんだ。あれほど辛いことがあって、たくさん悲しみ、怖いと泣いた八つの子供が今や涙さえ隠れて流す。
「──将軍さまは……」
「ここには居られぬなぁ」
 将軍を探して近づいてきた腰元や幾人かの家臣を追い払う。背中にぐずぐずと泣き濡れる声が聞こえて、そのうちに寝息に変わる。
「──見ておりますよ。モモの助様」
 錦えもんは静かに呟くと、いつの間にか自分より大きくなった子どもを背負い上げた。