懐かしき廃船島

 廃船島で鋸をひくのはいったいいつぶりだろう。アイスバーグは鼻歌でも歌いたいような気持ちでリズムよく木鋸をひいていた。
 さすがは宝樹というべきか、気まぐれな木はみっしりと木目が刻まれ、柔らかであり強固な不思議な切れ味でアイスバーグを翻弄した。指先ひとつの狂いであらぬ方へのこぎりの歯が向かっていくような気配さえある。
 今まで触れてきた木が全て従順な子猫に思えるほどの宝樹アダム。それをしつけて船をくみ上げた時のことを考えると胸がすくような心地の良さの予感がする。
 それはアイスバーグだけではなかったのだろう、弟弟子は調子っ外れの鼻歌で鈍った様子も無くマストになる宝樹に鉋をかけていた。
「ンマー、相変わらずお前の歌は下手だよ」
「うるせー、バカバーク」
 あっという間にマストになる場所へ鉋をかけ終わったフランキーがそのまま廃船島の奥に消えてく。その癖奥に居なくなってもフランキーの鼻歌が聞こえてくるので、アイスバーグは思わず笑う。
 相変わらず船をつくっているときは機嫌が良い。何を言っても、何をしても、楽しいと体中が叫んでいる。
 全くなんてひどい話だろう。こんなに船を作るのが好きな男が船を作るのを我慢しなければならなかったなんて。
 宝樹の相手を少し休み、アイスバーグは額に浮いた汗を拭ってW7を振り仰いだ。
「──ん?」
 廃船島を遠巻きに見つめる視線に目を凝らすとフランキー一家の子分たちが所在なさげにおそるおそるこちらを窺っていた。手に持っているのは料理屋から仕入れてきた料理だろうか。
「ンマー、おい!」
 声を上げると子分たちは蜘蛛の子を散らすように去って行った。行き場を無くした手をもてあましていると、横木を仕上げたフランキーがため息交じりにアイスバーグに声をかけた。
「ほっておいてやれ。そこの飯はあとでキウイとモズが持ってくらァ」
「フランキー」
「子分ども、変な気をまわしやがって」
 肩を怒らせて顔を顰めているが声音は柔らかい。
「さっさと船造ってわたさねェとあいつらおまんまの食い上げだからなァ」
「……そう思うのか?」
 アイスバーグが呟くと、フランキーはサングラスを僅かにずらして眉を曲げた。
「そう思うぜ、何か悪ィか?」
 堅くなった声に、アイスバーグは首を振った。
「ンマー、作り上げちまうのは賛成だ」
 他のことに色々文句をつけるのは後にしよう