ドリィと呼ばれていた頃、星はただ手の届かない美しいなにかだった。
どうやっても手が届かないものというのは諦めがつく。遠くで輝いているものを、ただ綺麗だとつぶやいているだけでいいのだから楽なものだった。
特に、一年の僅かな日数、雪雲の晴れた日の北の海の満点の星空ときたら、ダイヤモンドを散りばめてもこれほどの美しさではないだろうと思うほどだった。
「何してるドリィ!この穀潰しが!」
パリン!と酒瓶が投げつけられてドレークは慌てて頭を隠して身を縮こめた。赤ら顔の父に蹴り付けられて身を固くする。寒さや、痛みや、空腹でいつもドレークは小さく身を縮こめていた。
「星なんぞ見てもおまえに何がわかる!星を見て航路がわかるでもねェ癖に!」
昔、星を見て方角を定める術を教えてくれたのは父だった。
もう父は忘れてしまったかもしれないが、小さなドレークの手をとって指を合わせ、あれが北極星だと優しく教えてくれたことをドレークは忘れられなかった。
今はもうドレークは北極星を見つけられない。
ただ、手の届かない美しさを見つめるだけだ。
──話を聞き、そうか、と頭を撫でてくれた人がいた。
「あれが北極星だ。ドレーク」
「──はい」
「必ず北を示す。お前が忘れている間も、あの星は北を示し続けていた」
「どうしてですか?」
「気になるか?」
うなずくと、彼は頬を緩めていそいそと古い初心者向けの天体の本を引っ張り出してきた。海軍が発行しているものらしい。
「残しておいてよかった。ちょっと書き込みはあるが良い本なんだ。ドレーク、よく学びなさい。この世にはなかなか手の届かないものなどないのだから」
X・ドレークと呼ばれる今。
やはり星は美しい天体だった。
完