「……傳ジロー、都に行ってみたいでござる」
政務が空いたほんのわずかな隙間を縫い、こっそりと隠れるように、気恥ずかしげに囁かれて傳ジローは胸が突かれるような気持ちを覚えた。
一瞬言葉に詰まった傳ジローをどう思ったものか、モモの助はぱっと袖を離して手を振る。
「あ、いや忙しければ良いのだ」
「いえ! そんなことはございません」
思わず語気荒く否定し、モモの助は驚いた後眉を下げて笑う。
「良かったでござる。都に詳しいのは日和もそうなのだろうが、日和に聞くと荷物持ちにされそうでござるから」
「将軍様を荷物持ちにはいたしかねますな。我らが持ちましょう」
「頼むでござる。あやつ拙者に容赦が無いのだ。二十六にもなっておてんばが治っておらぬ」
呆れた顔に親しみを滲ませるモモの助に、傳ジローは苦笑した。日和がお転婆でいられた時期は短かった。小紫としての完璧な太夫姿を今ようやく脱ぎ捨てて、光月日和を堪能していることを傳ジローが一番知っている。
「どちらに参りましょうか」
「こっそり行くことはできるか?」
「ええ。拙者に頼んだということはそういうことでしょう」
「流石は傳ジロー! そうなのでござる、拙者将軍でありながら都のことをあまり知らぬゆえ……」
モモの助は恥ずかしそうにはにかんだ。花の都への道連れの願いは殆ど将軍としての責務ありきのものだと、はっと気が付く。誰もつけねば心配される。将軍として城下町を知らぬは情けない──そういう気持ちからでたものだ。姿は立派でも、この将軍様がまだ八つであることは、幼な姿をみている自分は知っている。
傳ジローは曇り掛けた顔をことさら明るくしてモモの助に微笑みかけた。
「……では、花の都を物見遊山としゃれ込みましょうか」
「えっ」
ぎょっとしたモモの助の顔が、じわじわと赤らんでそっぽを向いた。
「物見遊山など、拙者将軍でござる……!」
「最近は美味いそば屋や茶屋も増えました。サン五郎どのに教わって外つ国の料理をだす店もあるのだとか」
モモの助の顔がそわそわと落ち着かぬ様子になり、傳ジローは含み笑いで立ち上がった。
「参りましょう、モモの助さま」
「……おぬしには昔から敵わぬ。変わらぬな、傳ジロー」
傳ジローはあはは、と声を立てて笑った。これほど変わり果てた自分を変わらないというモモの助に、自分がどれだけ救われた思いか。きっと将軍様には分かるまい。
完