弔いの唄

「──黙祷」

 厳粛なセンゴク元帥の声に、静寂がオリス広場を支配した。
 後の歴史書にその名を刻むマリンフォード頂上戦争より三日。
 まだまだ瓦礫は山を成し、大きな人事異動の準備があるとも聞く。
 だが、海軍が今、やらねばならぬものは、やらねば前に進めぬものは──あの戦争で命を散らした海兵たちを弔うことだった。
 大海賊時代が始まった二十年でさえ類を見ぬ甚大な被害の中、誰もが友を亡くし誰かが誰かを喪った。
 海軍に入って日の浅いコビーたちでさえも見知った海兵の顔がこの場にないことに幾度も背筋を凍らせたことか分からない。
 つい十日前まで共に食堂でご飯を食べていた同僚が、今日は医療棟でまだ目を覚まさない。
 肩を叩いてくれた先輩が、今日は慰霊碑に名を刻まれていた。
 憧れていた人が、今日は何処にも見あたらない。
 海賊──白ひげ海賊団もまた、船長と二番隊隊長をはじめとして、何十人もの被害を出したというが、海軍の死傷者は余りに多く感じられた。
 命があれば儲けもの、五体満足は奇跡だと、生き残った者たちは、口に上らせる。
 ああ、様々の悲哀の痛哭がコビーの頭にざわりざわりと漣となって轟いている。死別の哀傷に、大も小も、海賊も海兵も有りはしない。
 聞こえる『声』に苦悶の表情を浮かべて曲がりかけたコビーの背を、隣にいたヘルメッポが無言で摩った。
「──やめ」
 元帥の声にコビーはハッと目を開いた。
 コビーに聞こえる声なき声がほんの少しだけ薄くなる。
 オリス広場から見上げる高台には、少将以上の将校がずらりと勢ぞろいしていた。その立ち姿は、相も変わらぬ儘の堂々たるもの。
 だが、その中でも、思わずといった風に開けられた空白がある。
 コビーは胸を突かれる様な気持ちで、そのぽっかりと開いた虚空を見た。
 いつもそこにいたのだろう人を待っているかのように、ただ空間が有る。
 まだ受け入れられてなどいないのだ。
誰も──将校でさえもが。
 

 黙祷を以て、追悼の儀が終了する。
 だが、誰もがその場を動かなかった。
 コビーは隣のヘルメッポに尋ねるように顔を向けた。ヘルメッポもコビーをみて首を傾げる。まだ海軍に入隊して数ヶ月、コビーとヘルメッポの二人にとっては初めての追悼の儀だった。二人には、何が起こっているのかよく分からない。
 そんな二人の困惑を解いたのは、厳かな歌声だった。
 誰からともなく歌い始めた、小さな歌が波紋のようにオリス広場に広がっていく。
「海は見ている……」
 その歌はコビーもヘルメッポも知っていた。
 海兵の亡骸を海へ還す時、そして水葬の礼の最中に歌う追悼の歌。
『絶対正義』を信じて散った、海兵たちを称える歌。
「だから誘う……進むべき道へと……」
 いつの間にか海兵たちの大合唱となったその歌は、海兵であれば誰もが知る歌のひとつだ。
 コビーもまたその歌に声を揃えた。ヘルメッポの声が、隣で聞こえる。
「痛み苦しみ……包み込んでくれる……」
 ざわめく頭の中の悲しみの声をかき消すように、コビーは歌声を張り上げた。
 将校たちは儀式が終わってなお続く追悼を止めることなく耳を傾けているようだった。
 ガープ中将などは共に歌い、おつる中将も静かに口ずさんでいるのがコビーの耳には聞こえた。そして、口を動かさぬ将校たちが、涙に濡れた心の奥でその歌を歌っていた。
「もしも自分が消えたとしても……」
──俺は生き残った!
──助けられなくて、ごめんよお
──彼奴は俺の親友だった……ッ!
──ごめん、ごめんなぁ
──お前と共に、生きたかった!
「全て知っている……」
――お前が居ない世界で、どうやって生きればいい!
──死にたくねえ、死ぬのは怖い……!
──淋しいよ、淋しいよお!
──なんで死んだんだ……!
 コビーは幾人もの命を吸い込んだオリス広場で、崩れ落ちた。とめどなく流れ込む『声』が、涙となって溢れて止まらない。
「ああっ……!」
 自分の他にも、何人もの海兵が広場に崩れおちて慟哭している。立っている者は、誰もかれもが敬礼姿勢のまま、止まらない涙を滴らせていた。
 将校たちも美しい敬礼で、声で、心で歌を歌う。
 散りゆく人を称える歌を。
 先へと歩む、我らの導を。