ふねのやくそく

 海に沈みゆくヴィクトリアパンク号。
 二つに分かれてしまった船首。
 かの船首の面差しは、約束を果たせなかった無念が滲んでいる。
 新世界の海に木片が散る。
 彼の誇りジョリーロジャーの染めぬかれた帆が千切れ、皆で交わした酒の樽が沈む。
 船長の集めたTD、武器、楽器。ヴィクトリアパンクの中身が零れて消えていく。
 人を寄せ付けぬ新世界の海は、あの遠浅に広がるエメラルドの海とはあまりに違い、深く冷たく、壊滅する海賊団を絡め取って深海に引きずり込んでいく。気を失った乗組員たち。巨人の国を滅ぼす一撃に弾き飛ばされた仲間たち。

「ああ、ヴィクトリア」
 船員の誰かが──ヴィクトリアパンクを愛した船乗りの一人が、沈みゆく中でヴィクトリアパンクのがらんどうの目を見つめ、涙したような気がした。真っ二つになったヴィクトリアパンクを悼んでいた。
 大切にされた船には魂が宿るという。ヴィクトリアパンクは、その名にごみ山で海を見つめていた子どもの親友の魂を肖った船だった。
 子どもはごみ山を蹴散らして、真っ赤な髪を同じ色の血で濡らしながら海に出た。
 きっと彼は覚えていないだろう。まだ少年の面影を残す船長は勝利の美酒に酔いながら一人ヴィクトリアと約束した。
「ヴィクトリア。お前に広い世界を見せてやる」
──約束を抱えて船は生まれる。
 それは船が人に約すものだけではない。ヴィクトリアパンクは約束通り、広い広い世界を十分に見せてもらった。もう少しで、ヴィクトリアパンクは世界をすべて見た船となっただろう。
 けれどあまりに高い壁にぶつかって、波が砕けるように砕けてしまった。
 けれど、彼らが高い壁にぶつかるのはこれが初めてではないのをヴィクトリアパンクは知っている。そのたびに嵐を越えるように彼らは乗り越えてきた。
 今、自分を失ってもキッド海賊団は、また先へ行くだろう。
 どんなに強い相手でも、どんなに深い絶望でも、どんなに悲しい別離わかれでも、全て蹴散らして生きてきたのだから。
 ヴィクトリアパンクはそう信じている。
 だから寂しいけれど、十分だ。
 彼は約束を果たしてくれた。

 だからあと少し、船としての約束を果たそう。