Be Monster

「ダメだダメだ! そんなこと許すわけねェだろ!」
 平穏無事な花の都の城の一角に憤った声が響く。
 声を荒げてるのがいつもは温厚な麦わらの海賊団の船医ともあって、通りすがった城の人間たちはぎょっと目を向いた。
 彼の睨み上げている先には、真剣な顔をしたシロクマのミンクが彼を見下ろしている。
 麦わらの一味の船医と、ハートの海賊団の航海士である。
 侍たちは彼らがふわふわとした愛らしさと裏腹に、百獣海賊団との戦いで見せた実力を知っている。にらみ合う二人に、ぎょっとしつつも触らぬ神にたたりなしと遠巻きにしていた。
 そんな周りのことなどつゆ知らず、チョッパーはぎろりとベポを睨む。
「そのことどこで聞いたんだよ。誰にも言ってないぞおれ」
「おれをどこのクルーだと思ってるんだよDr.﹅﹅チョッパー。ネコマムシの旦那や公爵に聞き込みしてる内容聞いたら察しがつくよ」
 当たり前のように言うベポに、チョッパーは苦虫をかみつぶしたような顔になった。ミンク族の治療と共に研究のための質問もしていたが、それだけでベポが答えにたどり着けるとは思っていなかった自分の不手際だった。
「……そのために聞いたんじゃない」
 首を振るチョッパーに、ベポは重ねる。
「でも、それを作ってみようとはしてるよな」
「研究のためだけだ。誰かに使うように作るんじゃない」
「でも試したいだろ? 月の獅子スーロンと、ゾオン系の能力者の変化の共通点。チョッパーの使ってる薬と似てるって言ってたし、ならおれを──」
 ベポの提案にチョッパーがきっぱりと首を振る。吐き捨てた声には嫌悪感が滲んでいた。
「違う。おれは不確かな状態で人体実験をするような医者にするな」
「……ごめん、言い方が悪かった。チョッパーをそういう医者だと侮ったつもりはねェ」
「うん」
 ベポはため息を吐き、肩を落として床にあぐらをかいて座り込んだ。チョッパーとの身長差が少し小さくなる。
 チョッパー、とベポが呟く。その声に先ほどまでの切羽詰まった尖りが消えている。
「もし、それを作れるならおれはなんでもするよ。それが出来たなら、わけてほしい」
 チョッパーは黙って続きを促した。
「月の獅子化は、ミンク族の切り札だ。でもどうしても満月の夜に限定されちまう。満月に限定せずに月の獅子化できるなら……」
 だんだんと下がる視線の先には、ベポ自身の手がある。シロクマの腕力とミンク族の身体能力で、まだ足りないというのだろうか。
「おれのこのランブルボールはゾオン系の変身の波長を弄るんだ。細胞が過剰に活性化して暴走する──月の獅子と似てると思った。調べたら、おそらく細胞の活性化の方向は月の獅子とおれのモンスターポイントは酷似してるんだ。だからランブルボールの改良の参考にできねェかと思った」
 ベポの言葉にチョッパーは説明を加える。その説明にベポは真剣に頷いた。
「ああ。チョッパーのそれをみたとき、似てると思った」
「……まだ本当に研究段階だぞ。ワノ国にいる間にできるかどうかも分からねェ。おれのモンスターポイントにだって今でもリスクがある。無理に月の獅子化に使うなら、余計に掛かるかも知れない。副作用で死ぬ羽目になるかもしれねェんだ。本当に、おれがおれのランブルボール強化のために研究してただけなんだからな!」
 チョッパーの訴えに、ベポが頷く。その顔に全く怯えは見えない。チョッパーが言葉を重ねる度に、むしろチョッパーの方が追い詰められているようだった。
──だって、分かってしまうのだ。
 大事な人が大変なときに、手も足も出ない無力さ。
 彼らのためなら化け物になっても、命がつきても構わないその気持ち。
「分かってるよ、無理言ってごめん」
「もしもがあれば、おれはトラ男に顔向けできねえんだぞ」
「キャプテンには言わねェよ。──チョッパー、頼む」
 ついに深々と頭を下げられて、チョッパーは苦鳴を上げた。
「なんで……!? ベポは十分強いじゃねェか! こんなもんに頼る必要ねェよ!」
「──それでも、四皇カイドウにも七武海ドフラミンゴにもおれたちは手も足もでなかった」
「そんなの……おれだって」
 ビッグマムにはチョッパーは手も足もでなかった。カイドウだってそうだ。大看板だって戦って一人で勝てはしなかった。
 ドフラミンゴもそうだ。
 サニー号に迫るあの恐ろしい男は、本気をだしていなかっただろうあの場でもすさまじい強さの片鱗があった。
 それこそ、化け物にならなければ角の先さえ届かない相手だ。
「なら分かるだろ?」
 ベポはチョッパーの目をじっと見据えた。海賊の目だった。覚悟を決めた男の目だった。
 海賊の医者なんて不都合ばかりだ、と思う。ドクターストップで覚悟を決めた男を止められた試しがない。
 もう崖っぷちにいるのはチョッパーの方だった。
 ついに目に涙を浮かべる。
「いやだよ、ベポ。おれの薬がお前を殺すかもしれねェんだぞ」
「死なねェから大丈夫。一瞬でいいんだ。その一瞬がほしい。自由に月の獅子になれれば仲間を守れるチャンスが作れる」
「……もしできたら、だ。できないかもしれないし! 副作用も考慮して、リスクを最低限にして──できれば、だ!」
「ありがとう。チョッパー」
 ぱあっと笑ってみせるベポに、チョッパーは怖い顔で小さな蹄で彼の膝を叩く。
「死んだら承知しねェからな!」
「ちゃんと使ったら症例報告まとめるよ」
 ワノ国でのその話を知っているのは彼らだけだった。
 チョッパーはルフィとゾロたちの治療とも並行して研究を続け──不完全ながらできてしまったものに複雑な顔をした。

 

「ホントに作ってくれたのか!?」
「うまくいく保証は全然ないからな!」