山道を歩く。こんなに深い山があるのかとぞっとするほどに深い山をひたすらに。行軍訓練も三日目を数え、ろくに休憩も取れず、飯もないままひたすらに足を動かしている。足が重い。ブーツのわずかな重みさえ、ロシナンテの歩幅を狭めていた。まだ少年といっていい年頃の、それでも海兵を志すものたちが隊列を組んでいる。
足下はごつごつと木の根が這い、石が転がっている。肩に食い込む荷物、汗で銃が滑りそうになってその度にぞっとする。なにしろ絶対にこれだけは離してはいけないとたたき込まれている。
目の前に居るのが一体誰だったかと思い出せなくて、もうそれが当たり前だった。果たして後ろにいたのは誰だったか、疲労でうつろな頭がどんどんと鈍磨し、行軍に必要な分の働きしかしなくなる。ドジっている暇も無い。隣の海兵が誰かと話しているらしいが、耳に入ってもそれが言葉には聞こえなかった。なんだか周りからぶつぶつ聞こえるような気がする。
「ロシー」
「兄上」
いつのまにか兄が呆れた顔で隣を歩いていた。木の根や石ころをひょいひょいとまたぎながら自分を見上げる。サングラス越しの眼がロシナンテに呆れていた。
「お前、いつまでそんなことしてる気だ」
「べつに良いだろ。兄上には関係ないことだ」
「おれと一緒にいればよかったのに」
「そうもいかない。おれは海兵だ」
「まったく、馬鹿な弟だ」
ドフラミンゴはため息を吐いて肩を竦め、木立の先に消えていった。一体に何をしにきたのやら、と見送って、ロシナンテはまた銃を担ぎ上げる。いつまで続くのか考えると足が竦むので、何にも考えずにただ足下だけをみて進むことだ。
「転けるぞロシナンテ」
「転けねェよ。行軍中だぜ」
「天竜人の血を持ちながら、どうしてそんなことをする必要がある?」
「血と生まれが生き方に関係あるか?」
「神に戻ろうぜ、弟よ」
「いやだ」
はぁ、とため息をまた深々と付き、軽い足取りでドフラミンゴはまた去って行く。さっきも会話をしたような気がするが、どうにもさっきの記憶は曖昧だった。そういえばどうしてドフラミンゴがいるのだろう? 山の中なんて、神の居る場所じゃないとでも言いそうなのに。
ふと隊列の速度が遅くなっていることに気がついた。ポイントに到着したらしい。やっと足を動くのを止めた瞬間、ずるりと転けてひっくり返った。
火は使えず、天幕の下で冷たい携行食をかじってケットに包まって眼を閉じる。
──あれ?
ロシナンテはケットからがばりと身を起こして首を傾げる。
「兄上居るわけなくねェ?」
「うるせェ寝かせろ」
「……白昼夢だろ、おれも見た」
「ああ!」
天幕の仲間に罵られてロシナンテはあーと納得しながらケットに再び潜り込む。それをきっかけに、行軍中にみたものをぼそぼそと誰彼となく呟き始める。
「なァ、崖の上にめちゃくちゃでっかいイノシシ居なかった?」
「いねェ」
「居なかった」
「頭に尻尾がついてるキリンの顔した爺ちゃん」
「馬鹿か」
「見た時点で気づけ」
「おれァ兄貴」
ロシナンテが参戦すると、死んだのか?と聞かれる。
「生きてるよ、多分」
それくらいが体力の限界で、みな気絶するように眠りにつく。
──生きてるよなァ、多分。マリージョアで。
ロシナンテは瞼の裏でもうおぼろげになった
完