ものがかたるゆえに

なぁ、と山姥切国広が呟く。
「何?」
と答えたのは加州清光である。TVは三年前のドラマの再放送を流しているが残念ながら熱心に見ていた刀は皆遠征中である。暇を持て余しているのは加州清光、山姥切国広、歌仙兼定、蜂須賀虎徹、それから陸奥守吉行であった。
ぱりぽりと歌舞伎揚を咀嚼しながら山姥切国広が続ける。
「聚楽第の特命調査の報告書を久しぶりに読み返していたんだが、あれは“山姥切国広”を打たせないっていう目的だったんだろう?」
「そうねー、それだけこっちが脅威になってきたってことなんだと思うけど」
「ほいたら文久土佐はワシか?」
「天保の江戸は俺か?直接俺ってわけではないようだったけど……。あれはどちらかというと……」
「熊本もそうだな。ちょっとは僕の歴史も変わったかもしれないけど、僕自身がいなくなると言う作戦ではなかった」
「む、そうか」
ぱり、とチーズおかきを割って山姥切が口を尖らせる。
「まぁいいじゃん、国広は何に気づいたの?」
「いや、気づいたと言うかずっと疑問だったことがあってな。俺を狙うならもっと“狙いやすい時代”があったはずだと思っていたんだ」
「というと?」
「そもそも、俺を見つけなければ良い」
「……あー、ほにほに、そうかもしれんにゃあ」
「だろう?」
陸奥守が頷き、我が意を得たりと山姥切国広が目を輝かせる。
「ん?」
蜂須賀が首を傾げる。
「関東大震災の後の話ぜよ」
「──あー、ああ、そういうことか」
陸奥守の助け舟で直ぐに蜂須賀が納得し、それ以外のものも合点がいった顔で頷く。
「俺はそんな実感はなかったんだが、蔵から引っ張り出された時に刀剣家の偉い先生に驚かれたから……。『えっ俺焼失したことになってたのか?』と言う感じで驚いた」
大袈裟に目をむいてみせる山姥切国広に加州と陸奥守がケラケラと笑う。笑い事じゃないよねぇ、と目を見合わせるのは蜂須賀と歌仙である。
「俺が堀川国広の最高傑作だっていう評価を得たのもそれくらいだったから、あの頃の俺は混乱していたな……」
昔を懐かしむ視線を追うようにして蜂須賀もつぶやく。
「そう考えると、もし国広がそこで見出されなければ……、もし本当に焼失していたら……。ここにいる国広の物語はなかったのかもしれないね」
「嗚呼……そうだな。良くも悪くも」
「単にあちら側の遡行経路が開けてないんじゃないのかい」
歌仙が茶を啜りながら首を傾げる。
「ほら、今のところ直近で開かれてる遡行経路は池田屋だろう?それ以降は延享年間だの関ヶ原だのに戻ってるから。それに近くて、文久三年の特命調査くらいだろう」
「明治維新迎えると途端に時間遡行が難しくなる……そういう理屈はわかるな」
「ほうじゃのう、未だ明治より手前の遡行経路は開かれとらんき、それ以降の改変点は見つかっちょらんちゅうことにかぁらん」
「明治期に入ると途端に記録が増えるからね」
「文献に残る歴史は向こうもこちらも簡単には変えられないってことか」
「記録の信憑性が増すのも特徴だな。公的な記録が事細かにつけられるようになった」
「ほいたら、“国広が見つかる歴史”の改編は今はまだ難しいいうことじゃのう。……けんど、このままあちらさんの妨害工作が続くようじゃったら、いつかは近代にも手を出されるがかもしれんにゃあ」
「……なるほどねえ」
歌仙が感心したように頷いて歌舞伎揚を齧る。横から手を伸ばして歌舞伎揚を摘み上げた蜂須賀があっと声を上げる。
「あっでも俺は明治にまで行かなくても割と簡単なんだよね」
「どういうこと?」
「だって、“銘のある虎徹のほぼ全ては贋作”だよ? 俺が蜂須賀家に伝わっているうちに、俺を誰かが贋作だって断じたらそうなってしまう」
「……ああ」
「もちろん俺は本物だけど、本阿弥家を装った手紙の一つでもいいんだ。僅でも俺が虎徹でないと断じられたら、きっと他の兄弟と同じように贋作になってしまうよ」
困ったことだよねえ、と指を手拭きで拭いながら肩をすくめる。
「そう言う攻撃の仕方もありうる……か」
山姥切の呟きに蜂須賀が頷く。
「勿論、その危険は俺だけじゃあないけどね」 
陸奥守が引き継いでポテトチップスの袋を開けた。
「ワシはもうちっくと後の話じゃけんど、長いこと“伝”やったきねえ。ワシは釧路大火で焼失しとったかもしれん」
「ふむ……、僕はそもそも“片手打”だから、消耗品のような生まれだったんだ。三斎様に使われ、愛用されて今の僕がある」
陸奥守の開けたポテトチップスを指で摘んで口に放り込む。
「僕たちの物語を変えようと思えば簡単なことなのかもしれないねえ」
歌仙がしみじみと湯呑みを揺らす。
「でもさぁ? 俺そもそも“沖田総司の使った加州清光”ってもうこの世にないわけじゃん?」
「あ」
「そういうの込みで刀剣男士やってるんだから、それはいいんだよ。でもさ、思ったんだけど」
加州の手のひらが山姥切国広の頬を挟む。
「この!山姥切国広が、“長義の写し”で、“国広の最高傑作”ってのは、もし関東大震災で国広が焼けたり、見つからなかったりしても変わらないんじゃない?」
「お、おお」
加州の勢いに国広がたじたじとなる。
「ほにほに、釧路で焼けたまま身を失うても、わしは“坂本龍馬の佩刀”か……」
「……だから聚楽第から改変しようとしたのかな」
「そもそも俺の物語が生まれぬように……か」
国広が翡翠の瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「ま、そんなことしようとしてもぜっっったい俺たちで止めるけどね」
「ほうじゃのう」
「誰の物語でも、変えさせやしないさ」
「そうだね、俺ももっと頑張らないと」
一つのちゃぶ台を囲んだ刀たちは、にっと笑う。その顔がよく似ているものだから、ともに過ごした時の流れを感じる。
いつのまにかドラマは佳境を迎え、主人公がヒロインを抱きしめて守ると誓っている。
玄関先から遠征部隊の戻りを知らせる声が聞こえる。
「そろそろ、夕飯の支度をしようかな」
「手伝おう」
立ち上がる歌仙に、国広が随う。
「そろそろ洗濯物が乾いたかなあ」
「清光もいくかえ?」
「んー、行くよ」
ドラマをぷつりと消して、五振りはちゃぶ台を片付けると広間を立ち去る。
閉ざされた襖の向こうで日々の営みは続いている。
それもまた、彼らの紡ぐ物語である。