おさふねといちもんじ 2

 おや、と燭台切光忠は足を止めた。共に歩いていた刀たちも足を止める。
──一文字一家だ。
 久々に長船の刀たちに加えて傍系とはいえ長船の流れを汲む山姥切長義と万屋通りに買い出しがてらに繰り出していたのだが、どうやら一文字の一家も同じだったらしい。
 同じ本丸の一文字の一家が川向こうで羽根を伸ばしている。
 一文字のご隠居がついに参戦する事となった特命調査も無事に終わり、一文字も旧交を温めるいとまができたのだろう。喜ばしいことだと燭台切はほほえましく遠目に見る。
 則宗を囲むように山鳥毛と南泉一文字、日光一文字が談笑しながら川沿いの道をのんびりと歩いていた。
「ね、橋はあっちを……」
 ここは一家水入らずにさせてあげた方が良いかなと先を歩く長光たちに提案しようと声をかけて、燭台切は呆気にとられた。
──うわあ。
 燭台切を窺うように振り返った長光たちの目がわくわくと輝いている。特に大般若はうっそりと目を細めて期待に輝かせている。
「燭台切、なんだか懐かしいシチュエーションじゃあないかい?」
「はんにゃ……。ぼく、みないふりしようとしたのに」
 燭台切よりも先に一文字一家に気がついていたらしい謙信が、大般若の提案にがっくりと肩を落とす。
 燭台切も謙信に同意見である。
「やめてよ、大般若くん。今更さや当てする歳じゃないでしょ」
「ええ、せっかく則宗の御隠居までいるのに? ちょっとあそぶだけだぞ。ちょっとだけ。だめかい?」
「ちょっと、小豆くんまで」
 珍しく兄弟の肩をもつ小豆に燭台切は呆れた声を上げた。全く違う姿で顕現しておきながら、わくわくと輝く目の色だけは打たれたばかりの刀の精のころから変わらない。
 そして、それに光忠の刀がめっぽう弱いのも変わらぬのだ。
「ああ……もう」
「じゃ、燭台切が大将だね」
 残念なことに興が乗ったらしい小竜がいそいそと燭台切を後ろに下げて胸を張る。
「おまもりするのだぞ」
 そうなると謙信まで生真面目に頷いて燭台切の傍らに侍った。
「もう、ちょっとだけだよ」
「はーい」
 大般若が良い子のお返事をする。
「光忠殿?」
 話について行けない山姥切がきょとんとした顔をしていて、光忠は溜息を吐いた。ちょいちょいと手招いて自分の後ろに控えさせる。
「山姥切くんは僕の側に」
「え、ええ」
 長義の頃には長船も一文字もそれぞれにお家に渡るものが多く、こうして里近くで鉢合わせるなんてことは少なくなっていた。燭台切は割合長く里に居た方だが、応仁の乱くらいで一度途切れた習慣だ。
「うちの長光は血の気が多くていけないよね」
「そう、だね?」
 山姥切は困惑しながら言われたとおりに燭台切の後ろに控える。
 景光たちを脇に侍らせて、前に長光を立たせ、斜め後ろに長義を控えさせる。布陣を決めたのはわくわくした顔を隠しもしない小豆だ。
 おとなしくそれに従う燭台切はやれやれと肩を竦めて、くすりと笑った。
「千年くらい若返った気分だよ」
 燭台切のぼやいた声に、脇の謙信がくすくすと笑った。
 布陣が整った程に丁度橋のたもとにさしかかる。
 向こう岸の一文字の様子を見れば、あちらも山鳥毛が困ったようにはにかんで真ん中に据えられていた。南泉一文字と日光一文字が前に立ち、愉快そうに扇を開く則宗が山鳥毛の後ろに控えている。
 南泉一文字がちらりと燭台切を見て、にやっと笑った。
──どうやら、楽しんでいるのはうちの長光だけではないらしい。
 丁度橋の真ん中ほどで、二組の備前伝がぴたりと足を止めて差し向かう。
 ちょっとしたわざとらしい間が空いて、大般若が驚いた顔をして口火を切る。一文字一家に今初めて気がついたような顔だ。
「おやおや、これはこれは一文字の鳥だ」
「おおこわい、こわい。はねでくすぐられてしまうね」
 長光が二振り、顔を見合わせてくすくすと囁き合う。
 山姥切が目を丸くしていると、南泉が長光にくってかかる。口元が堪えきれずに笑っていた。
「やいやい長船野郎、此処がどこか分かってンのか、にゃ」
「止めないかドラ猫。長船程度に関わっては我等の沽券に関わるだろう」
「でも兄貴、あいつらがウチのシマに入ってきたんだぜ?」
「おやおや、長船程度とはずいぶんな言いぐさ。一文字のふるがらすはどうやら羽根を抜かれたいらしいね?」
 小竜が野次を飛ばす。
「うはは、爪で目玉をほじくりかえされたいらしいなぁ?」
 則宗が鼻で笑えば、謙信が「おとこぶりをあげてくれるって」と笑って混ぜ返す。
「では、お望み通り男ぶりをあげてやろう」
「羽をむしって揚げ物にしてあげようかな」
 ぱちん、と空気が弾ける。
 互いの剣気だか霊力だかが二組の間でぱちぱちと黄金色の火花を咲かせる。
 燭台切も腕を組みながら一文字の剣気に負けぬように集中する。
──昔とは比べものにならないなあ。
 燭台切は一文字のそれを受け止めながらはじき返し、ほう、と感心した。
 一文字のそれも、長船のそれも、昔に比べてずっとずっと圧が強く、激しくなっている。あの頃は実体もない生成りの剣の精だか付喪神だかなんだか分からない童で、こういうさや当てのような事も児戯に等しいものだった。
 脳天から足先までびりびりとするほどの気配の圧力が橋の真ん中でびりびりと張り詰めている。
──他のひとの居ない時でよかったぁ。
 まあ、だからこそこうして昔懐かしい遊びに興じているのだが。
「みっ、光忠殿?」
 袖を引かれて視線だけ振り返れば、山姥切が目を白黒させてしまっている。
 これはちょっと説明しておかないと、と燭台切は一文字への圧力はかけたまま、そっと山姥切の耳元に口を寄せた。
「大丈夫大丈夫、喧嘩のふりだからさ」
「喧嘩の振り?」
「そう。昔、里の間で良くやってたんだけどね。一文字と顔を合わせたら、手合わせする遊び」
 遊び……と山姥切はぽかんと呟いた。
「うはははは」
 ふっと集中を切らした則宗が堪えきれない様子で吹き出す。直ぐに南泉もけらけらと笑いはじめた。
 そうなると自分たちも可笑しくなってしまう。
 二つの備前伝の間に張り詰めていた圧力がふっとほどけて、ぱちぱちと火花の散るような音が止む。
 代わりに備前伝の刀の子どものような笑い声が橋に響いた。
「うははは、千年も経って生成りのガキのようなことをするとは思わなかったな」
「あははは、則宗のご隠居もまだまだ現役だね」
「と、いうか流石に千年経ってると中々激しかったねえ」
 大般若が感慨深そうに呟いた。
「ぼくもそうおもったんだぞ」
「だね。昔はもうちょっとふわっとしてた。お互い歳を取ったね」
 謙信と小竜が頷き、日光もそうだな、と同意する。
「ひばながきれいだったね、山鳥毛」
「私は驚いたぞ、小豆」
 山鳥毛が肩を竦める。火事になるかと、と呟いた山鳥毛を小豆が宥めている。
「あれ、わざとじゃなかったのか」
 山姥切の密やかな呟きを耳に入れた南泉が頷く。
「流石に昔はあんなの出たことなかった、にゃ」
「こんどはいんじうちでもやってみるかい?」
「来年のお正月にでも提案してみようか」
 小豆の提案に山鳥毛が瞳を輝かせる。
「ええ、それ僕がまた大将?」
 そういう面白いことをするなら前線が良い、という思いを込めて文句をつけると、大般若が手を叩く。
「大包平殿とか鶯殿を呼んで大将してもらおうか」
「大包平さんは兎も角、鶯さんが遊んでくれるかなあ」
 子どものような正月遊びに誘うのも少し面はゆい。
「ああ見えて大包平さんも鶯さんも僕ら備前伝に甘いから、おねだりしたら大将くらいしてくれるよ。ね、大般若」
「そうそう。麗しき古備前のおじいさまさ」
 東京でご近所をしているトーハクの二振りが目を合わせて頷く。
 後日誘ってみたところ、千年近く昔によく見物していたという事実を暴露され、一文字も長船も大いに照れることになったのはまたの話だ。

 

 昔話に興じていると、ふと端末が震える。
「っと、いけない。そろそろヤマトヤのセールの時間だ!」
「おっと、何のために頭数集めたのかわからなくなる」
 燭台切が慌てて端末を振ると、大般若が反応する。
「ごめんね、山鳥毛さん、一家水入らずを邪魔しちゃって」
「いや、こちらこそ久しぶりに楽しかった」
 山鳥毛に燭台切は懐から前に福引きで当てたきりの喫茶店の割引券を取り出す。
「これ、よかったら。ここ、僕のおすすめ。美味しいんだよ」
「あ、俺も」
「わたしも」
「ぼくらももってるぞ」
「だね」
「じゃあ俺も」
 光忠が山鳥毛に割引券を渡したのをみて、大般若を筆頭に全員が懐から何かを引き出す。
 山姥切さえもそういえば、とバックからなにかしらの割引券やらチケットを引き出して一文字に渡していく。
 様々受け取った一文字が呆気にとられているのを横目に、長船が早足でスーパーに向かっていく。 

 長船の長い影が街角に消えるのを見送って、南泉がふっと吹き出す。
「……ああいうとこ、あいつら長船だなァって思うんだよなあ」
「そうだな、子猫よ」
 問うでもない言葉に、口元をゆるめた山鳥毛が頷く。
「……ランチの割引券四人分と、ケーキ屋のドリンク無料券、和菓子屋の割引券と、骨董品屋の紹介券ですね……」
 日光がもらったものを検分してふ、と目元を緩めて笑う。押しつけるにはこちらが軽く受け取れるもので、その癖顕現してまだ短い日光でも知っているような名店のものばかりだ。
「……またお礼でもしましょう」
「うははは、僕は知らない店ばかりだな」
「あいつらの選んだ店なら、全部美味いと思います」
「ありがたくいただくとしよう」
 山鳥毛が笑いを堪えながら歩を進める。
 その後ろに一文字の鳥が付いていく。
 その足取りは軽く、相変わらず穏やかであった。

 

 

「……何だったんだあれ……」
 川沿いの屋台のクレープをかじる最も新しい新々刀がぞっとした顔でぼやく。
「古い刀……怖いな。なんであんなに殺気振りまいた直後に笑って別れるんだ……?」
「水心子、大丈夫かい? 僕のタピオカものむ? あんまり甘くないけど」
「うん……」
 新々刀の祖がぶるっと肩をふるわせて素で呟き、それを宥めるようにその親友が肩を叩いた。
「……古い刀の喧嘩は、興味深いね」
「南海先生。余計なことするようなら肥前に言いつけるぞ。あと口に餡子付いてるぞ」
「肥前くんは関係ないじゃないか、長曽祢くん。ハンカチありがとう」
 非番が被って流行を追いかけにきた新々刀の若者たちは顔を見合わせてそれぞれに首を振った。
「古い刀ってマジでわけわかんねえ。時々バケモノかと思うぜ」
 和泉守のぼやきに長曽祢が頷く。
「それな。時々新刀もよくわからん」
「長曽祢さん、それアンタの弟たちも含まれねえ?」
 屋台でクレープを焼いていた三日月宗近と小狐丸は恐ろしい風評被害にがっくりと肩を落としていたが、新々刀わかものたちの目には入っていないようだった。

 

 

おさふねといちもんじ 2 ・完