三章 刀の役目

蜻蛉切はどうやら沼津でつつがないらしい。
そういう話を、質屋の鏡から風の噂で伝え聞くころ、戦火は音を立てて海を吹き渡り、いつしか幾度目かの、かの槍の切り落とした秋津が野原に空き地に飛び回る季節になっていた。
晩秋の、弱々しい日の垂れ込めた昼下がり。
御手杵は何をするでもなく暇を持て余していた。近所の学校に足を延ばして竹槍の稽古をしてやったり、家の若衆に簡単な稽古をつけてやったりと細々とやることはあったが、たかだか槍の憑喪神にできることなど高がしれている。御手杵に赤紙が来ることはない。
余談ではあるが、この時期、憑喪神を利用した軍隊が上層部で計画されたという。しかし上層部に多かった元士族は刀や槍が伝来の家宝であるから、と白紙に戻したらしいという話ある。その計画は、現在形を変えて進行されていると云えよう。
家の若衆も続々と戦地へ赴き、屋敷は静かだ。見送りの万歳三唱も聞き慣れた。家宝の槍に一針頼みたいと請われて針を刺したことは、もはや片手では数えられまい。式部正宗のように、この人身を解いて、槍身だけになれば楽なのだろうが、御手杵が刺した針を胸に抱いて笑う若衆を見れば、それも思い切れず、ずるずると人の姿をとどめたまま、日々を過ごしていた。
金属を集めると聞きつけ、己の身を供出して、軍艦にしないかと持ちかけたら、血相を変えて叱り飛ばされたのは、蜻蛉切が沼津へ行ってそうたたぬころだったはずだ。自分より数百は年下とはいえ、あれほど涙ながらに叱られてはさすがの御手杵もそれ以上言い募れはしなかった。
そして御手杵は何の役目もなく、槍身に戻ることもできず、こうして暇を持て余して、家の使いをしているのである。
(俺は槍で……、飛脚じゃあないってのお)
懐に返事を収めながら、御手杵はやりきれない無力感に近い感情に手を焼いたまま道を歩いていた。人の姿で居る以上は国防色の詰襟の首元を引きながら、ぼんやりと歩いていた。戦闘型の帽子のつば越しに、日がゆっくりと暮れていく。
ある日、御手杵は大八車が運ばれていくところにいき会った。
その積み荷に御手杵は足を止める。堆く積まれたてっぺんは刀であった。それくらいならば最近よく見る光景だ。
しかし、御手杵の足を止めるほど目を引いたのは、その刀の山の上に腰掛ける、黒尽くめの和装の若武者の、鋭く研がれた雰囲気だった。
御手杵のいる道の端からは、その武者の横顔しか見えないが、ぼんやりと空を見上げる目は黄金色、やぶにらみで目つきが悪い。一際目を引くのは、顔を袈裟掛けに斜断する古傷だ。それは物騒な雰囲気を醸し出していたが、顔立ちは不思議と幼く、つまらなそうに口をとがらせている。
そしてその男の体は、高い空に切り裂かれた枕の中身のように散らばる綿雲と、晩秋独特の、弱々しい、死にかけの病人のような淡い薄日の下で飛び回る赤蜻蛉を、うっすらと透かして朧げだった。
「なァ、どこに行くんだ」
思わず声を掛ける。黒武者は見向きもしなかったが、大八車を引いていた若い男が振り向いた。
「俺に言ったンか?」
「ああ、いいや。刀に言ったんだ」
「なんだそりゃ」
青年は足を止め、きょとんと目を丸くした。
「俺は槍だからなあ。刀にゃあ親近感がある。でもまあ、アンタが答えてくれるならいいや。どこに行くんだ?」
「はは、おかしなニイチャンだぜ」
青年は額にかかった薄汗を拭って本格的に立ち止まった。鉄ばかりを積み込んだ大八車によほど辟易していたのだろう。水筒から水を飲み、大八車に寄りかかって笑いながら御手杵をみる。
その上で黒尽くめの武者は怪訝そうに御手杵を見下ろしていたが、まさか己が御手杵に見えているとは思っていないようだ。そういう顔をしていた。
「これァ今からお国に供出しにいくんだ」
「へえ」
「お役人さんから、お国の為にかねがいると云われてよ。先祖代々、扶持もそうねえ貧乏侍の家だが、要らねえ鋼やら、先祖代々の刀ぐれェはあらァな。貧乏侍だから、天下の名刀なんざ持っちゃいねえが、武士は武士、お国のためと言われちゃあ、致し方ねェ。倉ァひっくり返ェして、屑鉄も伝家の宝刀も、全部ひっ抱えてお役所に持ってくのさ」
そう云う若者は、口調の勇ましさと反対に、さも残念そうな表情で荷を見つめた。
「爺様も親父も、もったいねえもったいねえって言うんだけどよォ、俺も勿体ねえって思うんだけどよォ。お袋も婆様も、せにゃならねえと。ご近所が挙って刀ァかき集めちまって。寺まで鐘楼を出しちまって。我が家だけしねえんじゃあ面目が立たねえもんなあ」
はあ、と若者は陰鬱なため息を吐いた。鍋も薬缶も、兄貴のメダルも俺のブリキの飛行機もみんな出したのになあ、と独りごつ。
「んで、爺様が反対してるうちに近所があらかた終わっちまって、周りの目がいよいよ白くなっちまってさ。こうして俺がお役所に持って行ってンだァ」
ぺらぺらとよく喋る──というより、半分は鬱憤晴らしに吐き出したようで、青年は熱っぽく語り終わって大きく肩を落としていた。
「勿体ねえよなァ」
「ああ……、勿体ねえな」
御手杵は刀の上に乗り、素知らぬ顔であくびをしている憑喪神つきものを見て心底そう言った。どうやら人には見えていないようだが、あれだけはっきりとしたものが憑く程の刀である。それなりに名も通った刀なのだろう。
もの憑きの器物は、大方良い物だ。
人に大事にされて、長く存在し続けている。その分だけ人に情がある。世話になったと恩がある。
御手杵もものつきの槍として、長く前橋松平に伝来しているし、こうして、つきもの神子の術で、江戸の中頃からまるで人のように暮らしている。江城には物吉貞宗やら三日月宗近やらといったもの憑きの刀が、まるで人のように跋扈していたし、前橋松平の蔵には、人のような暮らしはしてないとはいえ、鏡やら衣やら、木版にさえものが憑いている。
幕末にさえ幾振りかの刀にものが憑いたらしいと誰彼となく噂していた。世には憑喪神と言われるが、伝わる家によっては守り刀の守り神として扱われているものもいる。
「なあ、ちょっと刀見てもいいか?」
「ああ、構わねえよ。見納めておくんな」
男の足下にある刀を見てみれば、どこかで見覚えのある、よく詰んだ地金の色に、広直刃調にのたれ込んだ刃文である。適度についた地沸えが日差しに煌めく。形こそ優美ではないが、持ってみると驚くほど均整がとれていた。ずっしりと重たいのは身幅が広く、重ねが厚いからだろう。──やはり御手杵には見覚えがある。
拵えは取っ払われており、生ぶの茎も見えた。じっくり見れば掠れて見難いが、微かに銘が切られている。
九州肥後──それ以降は読めなかった。
「これは──」
御手杵は銘を見ながら、刀身を舐めるように滑らせて上を見上げる。羞恥に憮然としている武者とばっちり目があった。ものが憑いているのはこの肥後刀なのだろう。
その肥後刀は、御手杵と目があった事に、目をこれ以上ないほど丸くして驚いていた。
己が見える人間などまさかいるまいと思っていたのだろうか。それとも、ものつきに逢うのは初めてなのだろうか。
それなら、このまま鋳つぶされるのは忍びないような気がする。ものが憑くほどの刀なのだ、鋳つぶさずとも道はあろう。
刀を持ったまま御手杵は木の下で休憩している若者に声をかけようと振り返った。
「なぁ、兄ちゃん──」
「おいばか、止せ」
それを止めたのは、件の肥後刀であった。
「なんだアンタしゃべれるのか」
「聞こえるアンタが変なんだ。それよかよォ、アンタ何のもの憑きか知らねェが、よけいな口叩いて坊ちゃんを脅かせんな」
「驚かす気はねえよォ。でもアンタこの肥後刀の憑き物だろォ? アンタみてえなのをむざむざ潰すのはさア」
人のような感傷が在るわけではないが、もったいないと思う。これから先に、新たな刀が打たれたとして、その刀に果たしてこれほどのものが憑くだろうか。加えて、武骨で野暮で見目が悪い、そしてこれほど格好が好くぎらぎらとした、戦でしか使えぬ刀なぞが、この先打たれることはないだろう。刀の時代は終わりを告げ、この肥後刀のような、戦働きしかできぬような刀は不要になっている。
それ故に、御手杵は勿体なく思うのだ。
御手杵の物欲しそうな表情に、呆れ返ったような表情で肥後刀は腕を組んで胸を張った。
「いいんだよ」
腹にずんと響くような、さびを帯びた太い声だった。この声は、戦場ならばどれほど勇ましく響くだろう。勝ち鬨がどれほど映えるだろう。
御手杵は瞠目して肥後刀を見上げる。
「これでいいのさ。百年とちっと、坊ちゃんとこで世話になった。幕末まではお腰のものの出番も有ったが、廃刀令でここ数十年ずうっと薄暗くて埃っぽい蔵ン中で俺たちは暇してたンだ」
白い歯を剥いて肥後刀は笑っていた。笑顔さえも獣じみた趣のある精悍な男ぶりだった。
「流れのつきもの神子にでも頼めばいいじゃねえか」
どうにも惜しく、言い募ってみたが、やはりと言うべきか鼻で笑い飛ばされた。
「今更人の身に口寄せられてどうする。我らは空も飛べねえ、海も征けねえ鋼だぜ? この世の戦の役にゃあたたん」
肥後刀の言うことはもっともである。御手杵がこうしてぶらぶらと、暇を持て余しているのも、己が今や無用の長物であるからだ。人ではない故に兵にもなれぬ。なったとしても、槍の出番はなかろう。
御手杵はもはやこの刀を引き留めようという気持ちが、潮が引いていくように遠のいていくようだった。先ほどとて鼻で笑われて、少し晴れ晴れとした気分にさえなっていた。
死中に己の役目を願うこの刀に、一抹の憧れさえ覚えていた。
「鋳潰されても我らの鋼は戦艦ふねになるんだ。ハイカラの戦艦だぜ? もしかしたら敵のどてっぱらに穴ァあける弾になるかもなァ」
やはり笑い顔には恐ろしいすごみがある。だが、御手杵はとても好ましく覚えた。そうなると、さきほど引いたはずの欲が、返す波で戻ってくるのだから不思議な話である。
黙ってしまった肥後刀を見ながら、御手杵は考え込む。久しぶりに頭を使うような気がした。
「そういや、あんたは良く切れそうだなあ」
「はあ?」
御手杵がふと問いかけると、肥後刀は心外そうに顔をしかめて声を荒げた。
「実戦刀の頑丈さ舐めンなよ。研ぎに出してくれりゃあ、南蛮鉄の兜だろーが、列強の航空機だろうがな、なますに叩ッ切ってやるよ」
息巻く肥後刀の言うことが、強いて誇張とも思えず、御手杵は感心した。その拍子に、ふと思い出す。
思い出したのは、ついこの前出征した松平家の若者のことだ。その腰にあった刀は、御手杵とともに蔵で無聊をかこっていた伝来の刀だった。大久保の蔵から選ばれたそれは、拵を軍刀拵に作り直され、腕のいい研ぎ師に身を研ぎ直された。
若者に下賜され、つやつやとした地金と刃文に、真新しい拵で胸を張ったあの刀は、天にも昇りそうな雰囲気で浮かれていたものだ。新しい主の腰に佩かれる喜びに震え、蔵中の刀たちの羨望のまなざしを一刀いっしんに注がれていた。
それはとても良い考えのように思えた。
「なあ。拵を変えてさあ、ちゃんと研いでもらってさあ。アンタ、軍刀に成ってもいいんじゃねえかなあ」
「軍刀」
そういうと、肥後刀は瞳を丸々と見開いて驚いた後、ぎゅっと目を細めた。
「ああ、軍刀、軍刀かあ」
驚き混じりに繰り返す声音が、次第に熱を帯びていく。恋を知った少年のような無邪気な興奮と、老人が夢見るような表情が混じり合って同居する肥後刀の顔に、御手杵は思わず見ほれた。
「昔みてェに、坊ちゃんの、主の腰に差してもらったら──」
まぶしげに細まった黄金の目が慕わしげに、きらきらと輝いて懐古していた。
「ああそりゃあ……まうごつ、良かんごたるほんとうに、いいだろうなァ……」
肥後刀の、うっとりと焦がれる熱っぽい声に、御手杵の胸も震えた。
どれほど勇ましく鋳潰されようと、今はまだ芯鉄の髄まで刀なのであろう。刀が嬉しいのは人に使われることだ。槍である己でさえ、遙か戦国の世に人の手でふるわれたあの幸福を忘れえぬのだから、江戸の世で腰に差されていた刀が、それを望まぬはずはなかった。
軍刀拵えは洒脱ではないが、それなりに当世風だ。この武骨な刀にも似合うだろう。猪武者の顔立ちが軍装に包まれていても、この刀の勇ましさはそう変わるまい。
木陰でぐったりしている若者に御手杵はぐっと意を決して声をかけた。肥後刀の少し期待を込めた視線が背にかかる。
「なあ兄ちゃん」
「ん?」
「この刀さあ、幾振か、軍刀に拵え直したらどうだ?」
「軍刀?」
若者はちょっと目を見開いて、ふっと考え込むような顔になった。目から鱗が落ちたような表情でつぶやく。
「そうか。俺も、兄貴も徴兵されるンだろうし。そン時に、俺の腰に我が家の刀がありゃあ、どれだけ慰められるか分からねェ。一本二本、残して、持って行ってもいいよなァ」
日本の刀は大和の魂っていうしさ──とうんうん唸り始めた。その様子では、その提案は非常に魅力的であったようだ。
「はは、礼を言うぜ」
肥後刀が、腕を組んで唸りだした若者を見下ろしながら、御手杵に嬉しげに礼を言った。
「礼は早えさ。また鋳潰されっかもしれねえよ?」
「狸の皮算用でも、もう一回夢が見れるたァ思わなかった。また主の腰に差してもらえりゃそれでよし。鋳潰されてもそれもよし。ここでアンタに行き逢って良かった。刀としての役目がまだあるなんざ、夢みてえだ」
「そう言ってもらえりゃ、良かったよ」
御手杵も胸をなで下ろした。潔い心がけに水を差したような気もしていたのだ。
若者のほうも算段がついたのか、荷車を引き返そうとぐるりと回した。来た道を戻るようである。
「父ちゃんと爺様に頼んでみらァ。兄ちゃん、本当にどうもありがとなあ」
若者は嬉しげに、先ほどまでの意気消沈した雰囲気を霧散させて意気揚々と荷車を引いていった。
「俺ァそういうこったが、アンタはどうなんだ? さぞ名のある槍だと思うんだが」
「俺、俺かあ……」
去り際に問われ、御手杵は答えに窮した。これから先、己がどうなるのかなど、御手杵が教えてほしいくらいだ。
刀ならまだ道もあろう。だが槍は、ただ飾られるだけだ。それに己を震えるような剛力の武者などこのご時世にいるはずがない。
「ああ、我らは器物だもんな。アンタが分かるわけねえか。だがアンタみてえな良さげな槍を売っ払ったり、鋳潰したりはしねえだろう。名にし負うってところだな」
「……そういうことかもしれねえな」
御手杵は、早合点した肥後刀を否定せずに曖昧にごまかした。
「あんたは良いなァ……」
ふと漏れた声が、思いの外に羨望がにじんでいて御手杵は羞恥に顔を赤くする。肥後刀は御手杵のその様子を見て、口を開いた。
「俺ァ実戦刀でしかねえから、アンタの事情は分からねえが、こんな俺でも役目を見つけてもらえンだぜ。アンタ程の槍にその道がねえ訳がねえ。よォく考えてみなよ。俺みてェに、思いもしねェことがアンタのお役目かもしれねえぜ」
肥後刀はそういうと、顔をくしゃくしゃにして御手杵に笑いかけた。下手な笑顔だったが、御手杵の心に、その笑みと言葉は刻みついた。
若者は御手杵に頭を下げて、元来た道を引いていく。釣瓶落としに落ちていく秋の夕日が、関東平野に驚くほど大きな円の半身を沈め、道を隈無く真っ赤に染めていた。その血流れるような道に、延びた影はくっきりと黒く、肥後刀は影のてっぺんに堂々と、やはり朧に透けながら陣取っていた。
「じゃあな、槍の憑きもん!」
からからと手を振る肥後刀に、御手杵はたまらず声をかけた。
「なあ! アンタの銘、本当はなんてンだあ!」
肥後刀は、どっしりと刀の上に胡座をかいたまま、御手杵に振り返って拳を天に突き上げた。
「加藤清正に一文字賜りし、九州肥後が同田貫一派の祖! 同田貫正国!」
その拳には何も掴んでなどないのに、血のように暮れなずむ日没の空を切り裂いて、しらじらと輝く刃が軍刀拵えにきりりと照り映えているように見えた。
「同田貫正国……! 清正殿のか」
「知ってるのか?」
瞳を輝かせる同田貫正国に、御手杵が呆然となりながら頷いた。
「ああ。覚えてる。俺自身は行ってねえけど、そうか……あの刀か」
感じていた既視感の正体に、目が眩むような心地がした。遙か昔、太宰府で兵たちの腰に差されていた真新しい輝きを持ったあの刀。当時の主である秀康と共に加藤清正の軍を見た。あの刀の一振に、いつしかものが憑いたか。あの刀の一振と、今言葉を交わし、そして今また新たなお役目を見つけようとしている手助けを自分がした。
なにやら妙な心地がして、御手杵は遠ざかる大八車を立ちすくんで見送った。
同田貫正国が、寂のある太い声で口ずさむ軍歌は人の耳には聞こえない。
荷車の行き先は、溶鉱炉か海の上か、果ては地獄の一丁目か。
風に乗って、流行の歌が聞こえてくる。
同田貫のみならず、荷車の刀共が──古い鉄たちが揃って歌うその歌声は、人には聞こえぬ歌だった。
それを見送り、声が聞こえなくなるまでたっていたのは御手杵一本で、その底抜けの明るさに胸が詰まるような心地がした。

御手杵がようやく歩を進めた時には、釣瓶落としの秋の日に、延びる道はすっかりとくろぐろとした闇に呑まれていた。
大久保の蔵に戻る道で、御手杵は幾度も同田貫の言葉を反芻した。そうするうちに、蜻蛉切の別れの言葉も同田貫の言葉と重なって響く。
役目と奉公。
その意味について考えているうちに、御手杵は蔵に着いていた。
一九四一年十一月。国家総動員法に基づく金属回収令──いわゆる供出令の強化が起こる。
軍靴の音が高らかに世界にこだましていた、晩秋のある日のことである。

そして一九四五年の五月がくる。