御手杵・レプリカ
「なんと、彼の槍が顕現するとは……」
「なあ」
御手杵を真ん中に三槍は並んで坐している。主に呼び出されていた三本は審神者の言葉にそれぞれの反応を見せた。
蜻蛉切と日本号は目の前にいる少年姿の槍に思わず目を見合わせた。その真ん中にいる越前松平家の大身槍はぽかんと口を開いていた。
槍に用向きがある故とく面談室にはせ参じよとの命を受けて面談室と喚ばれる部屋で待つこと四半刻、三本の前に現れたのは政府から帰ったばかりの主と連れだつ槍を持つ少年であった。
「ええ……?」
そのうえ、その主の連れている槍を持つ少年は付喪神の気配がする上に、少年姿の付喪神のもつ槍は、四尺はあろう穂先の大身槍である。
「お、俺?」
御手杵は呆然と呟く。人の身の形も御手杵をそのまま幼くしたような姿であった。
「ああ。厳密にゃ、君のレプリカじゃ。の」
主が御手杵の質問に答えて、隣の少年姿の槍に水を向ける。
「ハイ! 西暦2003年製造、以降結城蔵美館にて展示されておりましたレプリカの御手杵。通称結城の御手杵です。お会いできて光栄です、本科(オリジナル)様!」
はきはきと答えるレプリカに御手杵はたじろぐ。
「お、おお……。えっ、2003年って、お前まだ二百ちょっとくらいだろ? 刀剣男士……なのか?」
「ええと……」
「この子は所謂見習いじゃ。ほら、君らあも知っての通り刀剣男士は記録強度によって存在が固定されるじゃろ。通常三百年より若いのは記録強度がおえん。じゃけえ普通は顕現せんのよ」
主の説明に、日本号が頷く。
「確かにな、幕末以降の若い付喪神の顕現はなかなか聞かねえ」
「現状最も若い刀は三百年と少しの和泉守殿ですな。それ以降のものは難しいと聞き及んでおりました」
「じゃけど、この子は御手杵のレプリカじゃ。御手杵、君の記録もこの子の一部じゃけえ、底上げがされとる」
「底上げ……」
主はぱたぱたと手元の書類を振る。このご時世にわざわざ紙で作られた書類の束の表紙には対外秘と赤字の文字が目立ち、その下にはR計画などという表題が印字されていた。
「あーる計画?」
「おお、御手杵アルファベッド読めるようになったんじゃな。R計画っちゅうのは幕末後の写し・レプリカを顕現させようっちゅう計画じゃ。たちまちこの結城の御手杵、石切神社の奉納刀の石切丸じゃろぉ、燭台切光忠再現写し、蛍丸再現写し、鶴丸国永写し・三日月宗近写しの兄弟、三日月宗近生ぶ復元が影打ち真打ちで三振りか五振り……あとなんじゃったか。ああ、薬研藤四郎やら骨喰藤四郎の写しが二振りくらいじゃろ……あとええと、あとは書類見てくれ」
「多いな!?」
「まあ、おおいーわな。ほれ見ねー、日本号写しもおんぞ」
「えっ、マジで? どれ?」
「君、ぼっけえ多いいもんなあ写し。ええと、昭和の……」
身を乗り出した日本号に主が手元の書類をめくる。手を伸ばそうとした日本号と、雑談を始めそうになった主を止めたのは蜻蛉切の咳払いだった。
「主、それで、結城の御手杵はどのようなご判断で?」
脱線しかけた話を引き戻した蜻蛉切に、主は頭を掻く。
「ほうじゃった。実戦にはまだ出さんのじゃけど、うちん本丸で一月かそこら面倒を見ることになったんじゃ。他のレプリカや写しもそれぞれ任意の本丸に行っとる」
主はにこにこと笑って隣の結城の御手杵の肩を叩く。その槍は緊張した面持ちでずっと此方を見ていた。
御手杵も自分がどういう顔をしているのか全く分からない。最初のぽかんとした顔をさらし続けているのではないだろうか。
「御手杵、君も本科なわけじゃけえ。まあ三本で面倒みねえ」
主はそう言い残すとそそくさと執務室に立ち去る。
御手杵はその背を恨めしげに睨み付ける。日本号があとで書類を見せるように背中に声を掛けている。
御手杵は、やはりよく分からないまま自分を擦り上げたような姿の少年の槍を見つめるしかなかった。少年は視線をうろうろとさせて、小さな膝頭を動かしていた。
四本になった応接室で口火を切ったのは蜻蛉切だった。短刀や馬に向けるような柔らかな声である。
「結城の。久しいな。俺を覚えているか?」
結城の御手杵は、跳ね上がるようにして蜻蛉切に膝を向ける。
「とっ、蜻蛉切様! もちろんです、お久しぶりです」
「比企や前橋、川越のものたちは息災か?」
結城の御手杵はこくこくと小さな顎を上下させる。ぱっと頬を紅潮させてはにかむ様子はまるきり人間の幼子である。
――これが、俺の写し。
確かに持っている槍は四尺越えの大身槍で、大身槍の中でも唯一無二の形状である。この槍をもち、己のレプリカであるというのならばそうなのだろう。
俺の写し――レプリカと言っていたか。おそらくは、自分の知らぬ時代を生きているレプリカである。結城の。
自分が帰ろうとも遂に帰れなかったふるさとに伝来したのだろう。
御手杵はただじっとレプリカを見つめた。心の底から何かが沸き上がっているが、それがなんなのか御手杵はよく分からなかった。
手足が勝手に動き出してしまいそうな衝動。その槍を折ってしまいそうな気がして、御手杵は頭を振った。
「あいつらも、今頃は何処かの本丸に見習いにいってます」
「そうか。演練はでれるのだろうか。会えるとよいな」
「はい!」
「確か、いつか俺の写しには会ってたよなあ?」
「は、はい! とても親切にしてくださいました」
日本号や蜻蛉切は親しげに少年姿の槍に話しかけている。徐々に緊張がほどけて、若者らしい無邪気な笑みがこぼれている。
「……なあ」
びくり、とレプリカの肩が跳ねる。
「お前が俺の写し、なんだよな?」
今まで黙っていた御手杵にいきなり声を掛けられてびっくりしたのだろう。強ばった表情で御手杵に振り返る。油の切れたドアのような動きで頷く。
「人を刺したこと、あるかぁ?」
「あ、ありません」
「ねぇのかあ」
そうだ、自分の灼けた後は大きな戦争はなかった。人を殺すのはあの当時だって殆どが銃や砲弾だったのだから、それ以降に造られたこの槍が血を吸っている筈もない。
「本科はありますか」
「俺はあるぜ。それしか能がないからなぁ」
肩を竦めると、途端にレプリカはおどおどとした様子になる。御手杵もそれ以上何を続けるべきか分からずに言葉が止まる。そもそも多弁な方ではない。
黙りこくって見つめあうオリジナルとレプリカの間には、一本のぴんとはった糸がある。日本号は面白げに酒を飲み、蜻蛉切は固唾を呑んでいた。
と、夕餉の鐘が本丸に響く。
「夕飯か。あーえっと、俺先に行ってるな」
「ほっ、本科様……」
「蜻蛉切、日本号、よろしくな」
御手杵はそそくさとその場を後にした。
初めて会う己の写しにどう接して良いのか分からなかったからだ。背中に刺さるその槍の視線を、御手杵は居心地悪く感じていた。
→光忠編