――――三百年ほど昔の話
五月の終わり、部隊の仲間から、『東京が焼けた』と、伝え聞いてゾッと背筋が凍りついた事を覚えている。
メリケンの空襲で、あっという間に帝都は焼け野原となり、何十万人の人が焼け死に、そして何万の宝物が塵芥に消えたと云う。その中に、旧知がどれほどいたか、その時には知り得るはずも無く、負け戦といえ逃げられぬこの身を愁いた。
そして、何とか生き延びて帰った屋敷で、灰と化した蔵の前で頽れて泣き伏せた。一縷の望みを携えて、掘り起こした蔵には、酸化した屑鉄しか残っていなかった。
たった一人の家族だった。蔵とともに焼け落ち、誰に看取られる事無くその身を焼かれ、長い命を終えた我が父は。
「よくぞご無事で……」
顔中を煤だらけにした家中の若者が、濡れ手拭いを差し出した。煤だらけの頬に涙の跡が痛々しい。出陣を逃れた若さの少年だが、出陣してもしなくてもこの有様では地獄だった事だろう。
「お前も、よく生き残ったな。良かったなぁ」
受け取った手拭いで顔を拭けば大分と人心地が付いた。そしてまだゲートルすら脱いでいない事に気が付いた。
地べたに腰を下ろして、ゲートルを解く。その横に、若者が膝をついた。
「いいえ、いいえ……。私達がおりながら、松平に伝わる宝物を……、申し訳のしようもございません」
「いいや……、俺に謝らなくったっていいんだ。空襲じゃあ仕方ないだろう。蔵に直撃したんだって?」
少年はぼろ、と涙を零して頷いた。
「悲鳴が、蔵の中から悲鳴が、ずっと。でも、おれ、怖くて、ごうごうと火が龍のように渦巻いて、熱くて入れなくて、そしたら、御手杵の槍さまが」
喉を震わせてしゃくりあげる少年が落ち着くのを待って、続きを聞いた。
流石にもう無理だと悟ったらしい天下の三名槍は、この家中で唯一己の声を聞けた少年に逃げろと諭したのだという。あっけらかんと、仕方が無いと笑った声がしたのだという。何とか火が消えた後、火傷も構わず蔵を掘り起こしてみても、やはり屑鉄ばかりしか残らず、もう何の声もしなくなったのだという。鏡も、刀も、甲冑も聞こえていたはずのありとあらゆる付喪神の声が、一つも。
「そうか……」
もう俯いて、肩を震わせる少年の背を撫でた。
「お前が生きてて、良かったよ。坊ちゃん」
父が焼失した今、松平にはもう自分の居場所は無い。これから、何処へ行けばいいだろう。
御手杵の槍を父に持つ半妖の青年は、不安になる程青い空を見上げた。
遠くで、ラジオを付ける家中の者の声がする。
聞きに行ってから考えようと、青年は立ち上がった。