Tell me it was my fault - 2/2

 雪の道とは感触の違う道を歩けば、すぐに廃屋が見えてくる。日差しの中で見る屋敷は惨劇の跡もなくただ寒々しく夏の日差しの中でしらけている。バレルズ海賊団が占拠して人のいなくなった島は今でも無人のままだ。
 ローはコラソンが倒れ伏していたその場所に立ち尽くした。
「コラさん……」
 ただ雑草が生えているだけの場所をうなだれたまま見下ろしてローは彼の名を呟く。
 わかってはいたが、ここにコラソンはいない。墓があるわけでも、何か名残が残っているわけでもない。
 それでもここに来てしまったのは、ローの弱さだ。
「……ドレスローザって国がひとつが海賊団ファミリーの手に落ちた。惨劇を止めたと、大歓迎で迎え入れられたらしいぜ。はッ、白々しいよなァ」
 新聞をその場に投げ捨てて、ローは告げる。そんなことをドフラミンゴがするはずはないと、ローは理解している。何かをしたのだろう。おそらくは惨劇の糸を引いたのはドフラミンゴだ。
「──アンタが守ろうとした国だよな。海兵に渡してくれって、これで遠いドレスローザって国が救えるんだって……動けないアンタがおれに頼んだんだ。おれもアンタも死にかけてて、それでも渡さなきゃならなかった代物だった」
 忘れるはずもない。
 おそらくはオペオペの実を奪うことでドンキホーテ海賊団と海軍、世界政府──なにもかもを敵に回す覚悟をした人が、最後にローに託した彼の“正義”だ。
「なァ……コラさん。あのときおれがヴェルゴを連れてこなかったら、この国は平和だったのか?」
 そして、ローがしくじったためにすべてが無に帰した役目だ。
「アンタ、知らなかったかもしれねェがおれは海兵が怖かった。怖じ気づいて、ビビってたんだ」
 でもアンタの頼みだったから、少し後ろを歩いていた海兵が一人になったタイミングで話しかけた。
 あのとき、自分が恐れずに海兵のど真ん中に駆け寄っていたら何か変わっただろうか?
 彼にとっても一番最悪の敵を連れてくることはなかっただろうか?
 どうしようもない激情がせり上がって、声が震えた。
「コラさんが防ぎたかったのはこのことだったんだよな……!」
 風が短い草の葉を揺らす。
「なァ、コラさん……!」
 胸を突き上げる衝動が声を詰まらせ、ローの目頭を熱くさせた。きつく目を閉じると、こらえきれなかった涙がぼろぼろと落ちて地面の色を変える。
「おれの所為だよなァ! コラさんのやらなきゃいけなかったことも、守りたかった国も、止めたかったドフラミンゴも……! おれの所為で全部──!」
 ローは子供のようにしゃがみ込んで、袖で目元を擦った。
「おれの所為だって言ってくれよ、コラさん。そしたらおれの命全部それに使うから……」
 閉じたまぶたの上を風はゆっくりとそよぐばかりで、望む声は聞こえない。
 それどころか、ローの所為だと責め立てるコラソンは全く上手く想像できなかった。
 脳裏に浮かぶのは、あの下手くそにローを笑わせ、安心させようと笑うコラソンの強烈な笑顔ばかりだ。
 泣き笑いのような形で、ローの涙が止まる。
 与えられたものが大きすぎて、ローの都合の良い妄想を当てはめることさえできない。
 想像の中でさえローの所為だと一言だって言ってくれはしない。
 鬼のような顔で怒るのはローが自分の命を粗末にした時や、医者がホワイトモンスターと差別を露わにしたときばかりだった。
 ローのしくじりを責めるコラソンはてんで想像がつかぬのに、ローが命を使うことには見覚えのある顔で叱りつける想像がついた。
「はは……」
 ローは乱暴に袖で涙の名残を拭って立ち上がる。
 膨れ上がって破裂しそうだった激情は漸く落ち着き、ローの腹の底にゆっくりと熾きになる。
 鼻を啜って顔を上げれば、わずかに桃色に染まった雲が青空の中をゆっくりと鳥のように浮かんでいた。もう日が暮れはじめている。
 腰をまげて投げ捨てた新聞を取り上げて、土埃を払う。
 国を落とし、上機嫌に笑うドフラミンゴ。
 いくらこの数年で鍛錬を重ねていたとしてもまだ適わない。オペオペの実の能力をもっていたとしてもだ。
「──でもコラさん。アンタが引けなかった引き金はおれが引き継ぐよ。アンタはきっとそんなことしなくて良いって言うだろうけど、おれの気がすまねェ」
 そのためにはローは強くならなければならない。
 強い相手に挑むならば策を弄し、自ら強くならねばならない。ドンキホーテ海賊団で学んだことだ。幸い、航海術も砲術も体術も剣術も海に出ても死にはしない程度にたたき込まれている。医術もこの島で一層学ぶことができた。
「だからそろそろ──海に出るよ」
 目を細めてローは穏やかに宣言した。いつかはと思っていた。そのための資金も密かに貯めていた。
 心を固めるべきタイミングが来たのだろう。
「あんたにもらった命と心と自由を、おれは無駄にはしねェ」
 ローはわずかな間目を閉じる。
 再び開いたときには今朝までにはなかった剣呑なひかりが点っていた。
「おれは海賊になる」

 

「ロ、ッ……ローさん!」
 日がすっかり沈んだ頃にローはスワロー島の家に戻る。
「あ?」
 家の前の階段に寄り添って座る子分たちに目を丸くした。ローの姿を道の先に見つけた途端に真ん中に座っていたベポが弾かれるように飛び上がる。
「な、何してんだお前ら」
「ローさぁん!」
 飛びついてくる毛玉を受け止める。べそをかいているベポを片手でなだめ、立ち上がったままこちらを呆然とみている二人に視線で尋ねる。
「──あ、いや……」
「もしかしたら帰ってこねェかもって……」
 シャチが言葉を途切れさせ、それを補足するようにペンギンが継ぐ。
「ベポ、重い」
「ごめんなさい……」
 軽く叩いてベポを地面に立たせ、ローは肩をすくめた。
「晩ご飯鮭なんだろ。もう食ったか?」
「まだ食べてないよ」
「じゃあ食おうぜ。べつにおれがふらふらしてンのなんかいつものことだろ」
 ベポの背中を押しながら、ペンギンとシャチも促して家に入る。
「でも、新聞みてからローさん様子がおかしかったから──いてッ」
 シャチが恐る恐る口にして、ペンギンに小突かれている。
「──ばかっ」
「ごめんっ」
 背後で交わされる小声のやりとりに、ローは口元を引き締めた。
「メシのあと、話がある」

 

 別れを告げるはずがその日は海賊団旗揚げの宴になり、その半年後にハートの海賊団は海賊旗ジョリーロジャーを掲げて船出する。
 彼らが北の海ノースブルーで名を上げるのはもうすこし先の話。
 そしてローが代わりの引き金を、誰かの所為ではなく、彼自身の意思でもって引きにいくのもまだ先の話だった。

 

Tell me it was my faultおれの所為だと言ってくれ 完