おかえり三日月 三景 - 1/3

岩見国〇三二八〇号本丸(設立七年目)

「──加州」
 三日月は苦笑しながら本丸の門の前で、今までに本丸に足を踏み入れようとしたはじめの一振りを呼び止めた。
 急ぎ足で主の下に戻ろうとしていた加州は、出鼻をくじかれたような格好でつんのめる。
「何? 主めっちゃくちゃ怒ってるぜ。早く帰って謝っとこうよ。俺も一緒にいてやっからさ」 
「そうだな」
 三日月は足を止める。あと一歩で本丸の領地、という場所で止まった三日月に加州は首を傾げた。
「帰ったら俺に修行行かせてくれるって主も行ってたし、早く帰ろうよ。三日月も俺が強くなりすぎてびっくりすると思うんだよね」
「……ああ」
 三日月はそこで初めて眉を下げて加州を見つめた。いつも自分を、本丸を一歩離れた場所からずっと見つめていた視線が、今日はやけに静かだった。いつも感じていた穏やかな熱を感じない、こんなに諦めたような目をする刀だっただろうか。
「おぬしは強くなるよ。俺が保証しよう」
「三日月?」
 加州の心臓が微かに警告を発する。何か、とんでもないことを忘れているような。そんな厭な予感。
 三日月がうっすらと微笑んだ。
「……加州清光」
「な、何?」
 急かすのが恐ろしい気持ちになって加州もまた本丸に背を向けて三日月に向き合った。
「迎えに来てくれてありがとう。嬉しかったぞ」
 三日月の手が加州の頭を撫で、黒髪をくしけずる。それを振り払う気にはならず、そのまま彼の見た目と裏腹に固い剣胼胝のある手が不器用に加州を労うのを止めはしなかった。
「ねえ、三日月、つき屋のシフォンケーキ好きだったでしょ。鳴狐が買ってきてたよ」
「うん、好きだなぁ」
「歌仙と光忠が腕によりをかけてご飯作ってたし、アンタがそんなに強いならちゃんと手合わせしろって同田貫が手ぐすね引いて待ってたよ。帰ったら、俺とも手合わせしてよね」
「ああ。それは……」
 三日月が初めて、くしゃりと顔をゆがめる。目の前にひらひらと揺れる藍色の袖を掴んで加州は懸命に言葉を連ねた。どうしてこれほどに必死に言葉を重ねているのか、はっきりと分からぬまま。 ふと手のひらから彼の藍色の袖が逃げ出して、加州の横をすり抜ける。彼の手の甲が戦塵で汚れた加州の頬を擦る。
「……それでも、な、加州。俺はお前や主や、本丸が無事ならそれでいい。おぬしはほんに強くなった……これからも、強くなれる」
 三日月の足がゆっくりと本丸の門を潜った。
 目で追うばかりの横顔は、彼の切っ先とよく似た静謐な美しさをたたえていた。加州は折れるその日までその瞬間を忘れることはないだろう。
――残ったのはほんの数個の資材。
 がらがらと階段を落ちて音を立てる、三日月だったはずのもの。
 今、ここに居たはずの仲間だったもの。
 主が三日も前に三日月を刀解していたと知ったのはその足で駆け込んだ本丸だった。