おかえり三日月 三景 - 2/3

備前国二〇二九四号本丸(本丸設立一年目)

 帰った、と言葉にする暇も与えられなかった。赤黒く見えるほどに憤った主は三日月のほおを打ち据えてまるで仇でも見るかのように睨み付ける。
 三日月はその痛みを黙って受け止めた。いっそ主の手のひらの方が余程痛かっただろうと思えばそれが少し悲しい。
 連絡や相談を、主の望むようにできなかったのは三日月の咎だった。三日月の精一杯は主の理想を外れてしまった。
 一瞬主の手を止めようとして、咄嗟に止めきれずに目をそらした山姥切は三日月と主を交互に見て唇を噛んだ。
「お前が何を考えてるのか分からない!」 
 悲鳴のような叱責に、三日月は項垂れる。
 言い訳できるようなことでもない。
「すまんな、主」
 受け取ってもらえない謝罪は空虚に門の前の地面に転がった。肩で息をしている主が使われていない倉を指さす。
「顔も見たくない。しばらく顔を見せるな!」
「っ、主……それは」
 山姥切が三日月を庇おうと口を開くが、主はそれを睨んで黙らせる。
「主……」
言わねばならぬことが山姥切の中で渦巻いて主を呼ぶに止まる。
「黙れ山姥切!」
 布に隠れた山姥切の顔が苦渋に歪む。まだまだ、これから伸びていくこの刀をそう苦しめるつもりはなかった。
「あいわかった」
「三日月!」
 主に言外に指示された罰則に三日月は笑って頷いた。山姥切がより一層悲愴な顔で三日月と主を交互に見て泣き出しそうだった。
 踵を返して倉に歩いて行く三日月に、主が苛立ったように足を鳴らして背を向けて本丸に帰って行く。
「何、なんでもない。すまんな、山姥切」
「だが……、クソッ」
 山姥切は眉根を寄せて主を追う。
 密やかに見守っていた刀剣男士たちが風が通り抜けるようにざわめいた。重苦しい沈黙が本丸におりる。
 蔵の戸を開けて、三日月は一瞬振り返った。本丸中から向けられている気遣わしげな視線に思わず笑みがこぼれる。
 ああ、守れて良かった。
「構わんよ。……本丸が、主が、山姥切が、刀たちがここに在る。それで良い、良い」
 守るべき主が生きていて、本丸が無事なことをこの目で見ることが出来たのだから、三日月はそれでもう十分だった。