相模国〇〇二八四号本丸(本丸設立一四年目)
よく帰ったねと心底安堵した顔の主に迎えられて三日月の肩から力が抜けた。
もう二度と、本丸の土を踏まぬ覚悟だった。
本丸に押し寄せる幾千もの敵を閉じた戦場の中に留めおく終わりなき戦にこの千年といくらかの霊力と刀剣男士としての命をすべて賭すつもりだった。
自分が千年かそこらは一振りきりで戦を続けられるものだと知っていたからだ。
「ほら、だから言っただろう。そんなに不安な顔をしなくても大丈夫だって」
疲労の色濃く、それでも晴れ晴れとした顔で蜂須賀が三日月に笑う。この本丸を立ち上げてきたはじめの刀はこれほどにのびのびとした顔をしていただろうか。湖面のように凪いだ碧い瞳が柔らかに三日月を見つめる。それに目を見張る思いだった。
ああ、これほどに強くなっていた。
知っているつもりになるばかりで、三日月はきちんと見ていなかったのかもしれない。守らねば、と躍起になるあまりに曇った目もあったのだろうと気付く。修行を終えて久しい刀の揺るぎなさが蜂須賀の出で立ち、立ち居振る舞いに現れていた。
主が三日月の肩を叩いてねぎらう。人の子の血潮をその手に感じる。生きている主の手だ。
「三日月のおかげで本部防衛に専念できた。本部の機能は全復旧。防衛ラインもオールグリーン。もうしばらくは襲撃はないだろうとのことだ。すごかったよ、本部防衛戦」
ね、と主に目を向けられて、蜂須賀が頷く。
「ああ」
先ほどまではまるで数千年在り続けた刀のような落ち着きを見せていた蜂須賀がぱっといとけなく顔をほころばせた。
「聞いてくれるかい、三日月。ネットワークもすぐ復旧してね、すべての本丸の総力戦だったんだ! 本当にすごかったんだよ。あとは残党の掃討戦になるそうだけど、本当に良い勉強になったんだ。俺たちよりもずっと強い本丸もいて、どうやったら真似できるだろうって話もしてる」
詳しい話をみんなで一緒にしよう、と蜂須賀が何の気負いもなく手を引く。三日月はその手に引かれて庭に出る。
「あなたの意見も聞きたいな」
庭の一角に天幕が張られ、いっそ野戦じみた簡易の炊き出し場になっているらしかった。
幾振りかが戦装束のまま握り飯をほおばっていた。もう二度と見れぬと覚悟していた刀たちの姿に胸が突かれる。鼻を擽るのは天幕から流れてくる本丸の味噌汁のにおいだ。三日月の大好きな具だくさんの豚汁の匂いだった。
三日月が帰ってきたよ! と蜂須賀が声を上げれば握り飯を両手に持った刀たちがわっと歓声を上げる。その目が三日月を迎え、あっと思う間もなく何十振りの刀たちが三日月に群がる。
「おかえり、三日月。よく頑張ったね」
もみくちゃになるなかで、そんな声が聞こえた。一粒こぼれた水滴は、押しつけられた誰かの装束の中に吸い込まれて乾いていくことだろう。
おかえり、三日月 三景 完