三日月ブルーの煩悶 下 - 8/8

#17

──澄み切って響いた、鋼の割れる音。
 刀が折れると同時に人の身もまた崩れていく。
 あの戦場で幾度となく見る羽目になった刀剣男士の末期を、三日月は瞑目して悼んだ。
 現代の戦場ならば、折れた一振の刀となる。時間遡行軍もまた、刀剣男士と同じように。
 親しかった友の、たった一人残ったかつての本丸の仲間を、己で切り伏せた有様から逃れるように、三日月は目を閉じた。
 再び目を開けば、あの赤いしるべの星は失われているのだろうと思いながら──。
 目を開けて──
「は?」
「それは俺の台詞だが?」
 自分の手で折ったはずの大包平は、重傷ながらはっきりと口を開く。足の傷の為に立ち上がれない様子だが、意識ははっきりしているようだった。
「俺はしっかり折ったはずだが」
「だからそれが聞きたいんだが俺は」
 彼が右手に持っている刀は二尺九寸四分の健全無比なうつくしい形の太刀である。長く手入れをされていなかった刀にあるように刃には曇りがみえるが、それでもやはりよくんだ地金と小乱れの明るい刃文は刀剣の横綱大包平そのものである。先ほどの朽ち果てたなれの果てではない。
 そのことに胸にこみ上げるものがあるのを押さえながら、思案する三日月に声をかけるものが会った。
「三日月、おそらくだが──」
 お守りだ、と鶯丸が答える。刃を納めた蜂須賀虎徹もそれに追従した。
「確かに一度折れていた、それからあっという間に蘇ったんだ。俺たちはお守りが起動する様子を見たことはないけど、きっとそうだと思う」
「なぜ……?」
「これか……?」
 倒れたまま大包平が懐から取り出したものに、三日月は息を詰めた。
「──主の鏡」
 その白銅の鏡は真っ黒に染まって朽ち錆びていた。まったくもって、その姿は先ほどまでの大包平そのものであった。
 ようやく差した朝の日差しの下で、神器はぼろぼろと風に吹かれて崩れ、塵となって消え去った。三日月の頬に涙が伝い、暁の空に消えるそれをただじっと見つめていた。

 

 主によって手入れされた大包平は、穢れの後遺症だというわずかな足の麻痺を残して快復した。
 三日月と同じようにすぐに主が前の主のゆかりであることに気がついた大包平もまた、霽月本丸の一振として暮らしていた。
 今も、中庭で同じ大包平に楽しげに稽古を付けている。
 鶯丸の淹れてくれた深蒸し茶をすすりながら、縁側に腰掛けた三日月はほっと息をついた。おいしいねえ、と稽古を眺めながら茶を飲む主が笑うので三日月もにこにこと微笑んだ。

「──ああ、良きかな良きかな」

 

 足が思うように動かぬとは思えない大包平がもう一振の大包平に囁く。
「なあ、あいつの被っている猫で三味線が一〇は作れるぞ。俺」
「聞こえておるぞ」

 完