三日月ブルーの煩悶 上 - 2/10

 三日月宗近は静かに目を開いた。
 夢の中で腕の中にあったものを探そうとしてシーツを乱しかけて、かぶりを振る。懐かしいと思うにはまだそう遠くない記憶を夢に見て、滲んだ涙を袖で拭う。
 胸に滲む寂寥と誇らしさと、ほの暗い悲しみが夢の名残として三日月の胸をひたひたと満たす。
 視界に収まる天井は白く清潔で、薄いカーテンの掛かった窓からは朝の日差しが差し込んでいた。クリーム色の壁紙を朝陽がほの明るく照らしている。全てが快適に整えられていた。
 本丸の梁の覗く天井とはまた異なるそれにも随分慣れたものだった。
「うむ、善い朝だ」
 三日月は伸びをして起き上がると寝乱れた寝間着を着流しに着替える。
 髪を軽くくしけずり、身なりを整えて、壁に掛けられた太刀を佩く。
 ドアを開ければ丁度向かいの部屋から愛染国俊が顔を出していた。
「おはよう、三日月さん」
「ああ、おはよう愛染国俊」
「今から食堂行くだろ?」
「ああ。今日は確か焼き鯖定食だぞ。おぬし確か好きだっただろう」
「やった! ここは飯が美味いのがいいところだぜ。前の本丸は、料理がみんな下手でさぁ……」
 連れだって軽い話をしながらリノリウムの白い床を歩く。道すがらの扉からいろいろな刀が出て食堂に向かっていく。
 三日月はふと思い出して愛染の赤いつむじを見下ろして話しかけた。
「愛染や、今日が最後だったな」
「うん──、できたばかりのところなんだってさ」
 話しかければ僅かにはにかんで愛染が頷く。
「新しい本丸でも達者でな。よい主に巡り会えたこと嬉しく思うぞ」
「ありがとう、頑張るぜ」
 新しい主──ここはそういう場所だ。主を失ったり、本丸を失った刀が集められ、次を待つ施設。ここはそんな変わりものばかりの場所だった。
 愛染の背を激励すれば、愛染もまた朗らかに笑って三日月を見上げた。
「三日月さんも、善い新しい主が見つかると良いな」
「本当になあ、もう半年も申請が通らんのだが。なぜだ。俺はこんなに真面目なじじいだというのに……」
「三日月宗近は逆に相続すんの怖いってさ」
 何度も言われたことではあるが、それはそれとして三日月はがっくりと肩を落とした。誰が言い出したかは分からないことだが、どうにもそれが理由で三日月は新しい本丸への相続が難航しているのだった。
「なんという風評被害……、俺が日本一美しい太刀であったばかりに……! こんなに脳天気なじじいだというのに!」
「そこじゃねーんじゃねーかなー。俺が思うに」
 食堂に入ればもう数振りの刀が順番に並びながら配膳を待っていた。
 既に愛染の話は回っているらしく気付いた顔見知りの刀たちが口々に挨拶にやってくる。そんな愛染に盆とグラスを渡してやり、愛染の問いに首をかしげた。
「三日月さんは新しい本丸に行ったらどうする?」
「そうだな……、そうなったら俺は……」
 そう呟いた丁度そのときに、三日月を呼ぶ声がする。
「三日月宗近ぁ!」
「おや、所長殿の加州どの」
 戦装束のまま駆け寄ってくるのは加州清光だった。その手にあるものに愛染と顔を見合わせる。
「アンタに相続先のオファーだよ」
 うすっぺらい端末を差し出されて三日月は目を丸くした。
「マジか」
「それやめて」