#2
どうしたら……。
一振りの古き太刀は、悶々と美しいかんばせを憂愁に染めて、端末の画面を見つめていた。
彼と同様の境遇のものたちの集まる本丸の談話室の一つで、三日月宗近は画面を突く。いくら突いてもモニターはゆらゆらと物理影響を微かに受けるだけで、書いてある文字は消えはしない。
目の前に展開されているメール画面には、いくつものファイルが添付されている。
下記の本丸に相続権が認められました。貴殿の承認をもって、下記の本丸へ相続となります。
肥前支局
第三九聯隊所属
ホ-〇〇〇四五六号特殊前線司令部暗号符“霽月”
本丸及び審神者の暗号符に月の名を冠するということは、三日月と相性の良い霊力を有しているのだと知れる。また、肥前の三九聯隊といえばつい最近増設されたばかりの新しい聯隊だ。
ご丁寧にも審神者の年齢、履歴、戦績に加えて聯隊長と聯隊監督官の人事評価まで添付されている。
「何か悩み事かい、三日月さん」
談話室の向かいに座った厚藤四郎がふと目を上げて首を傾げる。
「ああ。俺は本丸への相続を希望しておっただろう? 中々話が来ないと思っていたら、先ほど漸くオファーが来たのだ」
「へえ。アンタほどの刀が行くんだ、余程の強者だろうな」
「見てみるか」
厚が覗き込みやすいように読んでも問題ない部分の画面を飛ばす。それを手にとって、一読し厚は目を丸くした。
「こりゃ、ずいぶんな慎重派だな」
そうなのだ、と三日月は頷く。
審神者は二十歳にも満たぬ少女、深山の神社の巫女姫として日々精進潔斎に明け暮れ、世俗に疎いながらも物腰穏やかで清廉潔白、故に“霽月”と号される。
その代わりといえばだが、どうにも荒事が苦手で戦への恐怖心が大きい。他者の痛みに敏感で、臆病であり、あまり戦上手とはいえぬ審神者だという評価が下されている。
聯隊長は彼女の術士としての才能に目を付け、監理官はそれは兎も角として歴史修正主義者との戦いに及び腰である旨を懸念している。
故に、三日月が呼ばれているのだ。
「アンタの前の主とは真逆だな。何しろ、あの審神者は石見の英雄だった」
「そうだなあ……」
三日月は苦笑した。
「そもそもどうして本丸に? 戦い続けるなら本部大隊でもよかったんじゃないか?」
「うむ。主の最期の願いだからなあ」
「あ。すまねえ。配慮のねえことを」
「……何、構わん構わん。ここのものはみなそうさ」
三日月は首を振ってにっこりと微笑みながら、そそくさとリモコンを動かす。
日曜日の朝、この時間は何百年も続く日曜朝の子ども向け番組の時間だ。
厚は驚いた表情で三日月を見る。
「すまないな、三日月。俺が好きなの知ってたんだな」
厚はふわりと頬を綻ばせて画面に目を向ける。
「……そうだな」
三日月はにっこりと微笑むと自分も画面に目を向ける。
石見の英雄の、たった一振り遺った三日月宗近は内心でホッと胸をなで下ろした。
(あの馬鹿主の最期の言葉が『夏の戦隊映画とトウソウジャーの最終回見たかった』だったことを漏らすところだった……!)
ちらりと厚を見るが、彼は楽しそうに番組に見入っている。
三日月もトウソウジャーを見ながら、やはり憂い顔で溜息を吐く。
──本丸でしか放送しておらぬのだよなあ。本丸戦隊トウソウジャー……。
新しい主は若いおなごである。
本部から求められているのは、戦上手で英雄の形見だ。
おそらく新しい審神者もそう受け取るだろう。
──だが、三日月はそんなことは知ったことではない。
(今度こそ、俺は縁側のほほん茶飲みじじいになって、のんびり本丸で特撮を見るのだ!)
真剣な顔でトウソウジャーを観る三日月に何も知らない厚は首をかしげていた。