#7
「門前町へ出ないか。まだ行ったことがなかっただろう」
率直な誘いに、三日月は内心でとてもわくわくとしながら承諾した。
かつて皆で買ったテーラードのジャケットのセットアップを風呂敷から引っ張り出す。外へ繋がる鳥居の前に小走りで向かえば、紬に羽織姿の二振りが三日月に手を振った。
大包平と鶯丸だ。
「驚いた。三日月宗近の洋装姿は初めて見たが、よく似合うな」
「そ、そうか。ありがとう」
「ふん、俺も似合うぞ」
鶯丸の素直な褒め言葉に、三日月は頬を掻いて笑う。
そういえば、ここの本丸は主から常に巫女服を着ている。次からは羽織にしよう、と決めながら、二振りと鳥居の形をした門を潜る。
案内されたのは肥前の支局本部から他国や現世を繋ぐ大型転送門の前に並ぶ門前町だった。見上げる程大きな、肥前の中央門を一歩でれば、爽やかな潮風の香りがする。
「潮の香りがするな」
三日月は目を細める。
今まで三日月の本丸は石見にあり、肥前の門前町に来るのは初めての事だった。大和にはだいぶつ通り、石見ならば銀山商店街、等とそれぞれの支局の有する門前町は、審神者や刀剣男士の憩いの為の娯楽スペースが作られていた。
肥前国も例に漏れず、つくも通り──これはの肥前の九十九島が元だろう──と名前の付いた海岸沿いの商店街があった。商店街を少し離れれば、海水浴場やらがあるらしい。
「戦やら演練やらでここの案内も出来ていなかっただろう。すまないな」
と、鶯丸がパンフレットを手渡しながら、申し訳なさそうに眉を下げる。
ここに来てまだ一週間も経っていないというのに、それでも案じてくれる彼らの心遣いが三日月は嬉しかった。
「ありがとう。だが良いのか? 本丸警備が手薄にならぬか?」
「主の結界はこの肥前でも五指に入る強度だ。それに、一応全休でも待機番は一部隊分順番に回している」
「玄関に台帳があったろう。外出するときはあれに名前と戻り時間を書いておくんだ」
「ほうほう」
三日月の心配を否定し、大包平はさっさと先に進む。どうやら目的地があるようだった。
──似ているなあ。似ておらぬなあ。
二振りに挟まれるようにして歩きながら、三日月は目を柔らかく細めた。
大包平と鶯丸が行きつけだという茶屋に入ったところで、大包平と鶯丸は深々と頭を下げた。
三日月はぎょっとして身をのけぞらせる。
「なっ、どうした!?」
「謝らせてくれ、主がすまぬことをしている」
「蜂須賀や秋田も来たがったが、お前は若い刀には気を遣うだろうと思ってな。俺たちが代表できた。本当にすまん」
「ひえ」
三日月は深々と下げられた深緋とうぐいすの頭の旋毛を見た瞬間に悲鳴じみた声を上げた。心臓が止まるかと思った。
「よっ、良い良い! 良いから頭を上げろ! 古備前の名刀がそう易々と頭を下げるな」
頭をひっつかむ勢いで無理矢理上げさせ、三日月は顔を青くさせながら二人に茶を勧める。思わず声を荒げてしまい、店主であろう大般若が目を剥いて此方を見ている。彼ら備前伝の大事な源流たる二振りが頭を下げている上に、三日月宗近が声を荒げていてはそうもなろう。
俺をそんな目で見ないでくれ。この二振りがどれだけ他の刀に大事に思われているか、自覚がないのが悪いのだ。
「ま、まずはな、落ち着こうではないか。な」
「……あ、ああ」
無理矢理に湯飲みを二振りの手に握らせて、三日月はほっと息を吐く。
「主が俺を避けておることについてか?」
「そうだ」
「しかし、仕方がないだろう。恐怖は人には──とくに若いおなごにとっては毒だ。追い返されたりしないだけで満足だぞ?」
三日月は苦笑する。
「だが、あれはいただけない。蜂須賀たちも諫めてはいるが、どうにも聞き入れなくてな。──おまえに非はないというのに」
鶯丸が珍しく険しい表情で湯飲みを回す。三日月はその心遣いだけで十分に嬉しかった。
「主は若い娘だ。今まで血など見ずに育ったのだろうし、穢れに敏感なのは良いことだ。それに俺は……」
これは言うべきことか分からず、三日月は言葉を文字通り茶で濁す。
「なんだ?」
「いや……」
大包平の問いかけに、三日月は少し逡巡してから口を開く。
「……これは聞いても良いことなのか分からぬが、主は、余程位の高い神社の巫女であろう? 何故前線で審神者などをしておるのだ」
「……やはり気になるか」
「言えぬことであるなら良いぞ。これからもこの本丸で戦うのだ、待つのは苦手ではない」
二振りの古備前は顔を見合わせて頷く。
「いや、お前は知って置いた方がいいだろう」
「確かに主は、本来であれば神社から出もしないくらいの巫女だ。代々月読尊を祀っていたのは聞いていたな」
三日月は頷く。声を潜めて、大包平が続ける。
「……主はそこの大巫女になる予定だったのだが、本家に近い分家の一派が、歴史修正主義者に転向してな。本部の結界術や、転送の術などが流された。その責任をまだ幼かったが、唯一の本家の生き残りであった主が負ったのだ。処分されずに済んだだけで御の字だったというが……逃げる道がない」
三日月は一瞬呼吸を忘れた。
目を見開いた三日月に、二振りが険しい顔で動揺がおさまるのを待った。
「驚いただろう。鶴丸ではないが、俺も知ったときは驚いた。問われなければ伝えないが、周知のことだ」
「その所為もあるが黒不浄には特に弱くてな……。だが、このままというわけにもいかん。時間は掛かるかもしれんが……」
大包平は溜息を吐いた。三日月は、からからに乾いた喉を茶で潤しながら、なんとか言葉を絞り出す。
「気は長い方だ。構わんよ。なあ。一つだけ聞いて良いか」
「何だ?」
「月橘鏡──という言葉を聞いたことは」
三日月の問いかけに、二振りは首を傾げる。
「それは……主に聞かねばわからんな」
「そうか……そうだな。いや、なんでもない」
三日月は溜息を吐いた。顔は真っ青になっていた。