三日月ブルーの煩悶 上 - 8/10

#6
──どうすればよいのだ……。
 三日月は内心で至極落ち込みながら、この本丸での初めての日曜日を迎えるはめになった。
 この本丸で初めて出た演練で、ここの主に怯えられて以来、三日月はとんと主にお目に掛かっていない。出陣くらいは二三度しているが、此処の本丸も四十振り以上が集うため、毎回出陣するという訳にもいかない。
 それに、此処の本丸の出陣数も、時間溯行軍の討伐数も前の本丸と引き比べても格段に少なかった。
(あまり俺が出て、他のものの経験が積めぬでは本末転倒……。一応、相続された俺の役目は、此処を強くすることなのだから)
 ここでは三日月は新参だ。本丸のやり方に口を出すには早すぎる。
 それでも、主に怯えられているというのは三日月にとっては心苦しいものだった。
 他の刀には気にするなと気遣われるが、刀にとって主に疎まれるというのは、居心地の良いものではない。
 ちらり、と文机の角に置いた前の主の遺影を見る。
 殉職の一週間前に撮ったそれは、何処までも能天気な笑顔で前の本丸の大包平と肩を組んでVサインをしている。撮ったのは三日月自身だ。
 それを見て、三日月は更にやるせない気持ちで溜息を吐いた。
 先に説明をされていたように、ここ霽月の本丸では馬当番や畑当番を除いた業務は停止、審神者も含めて日曜日は全体休養日となっている。
 ご飯も必要な刀だけが配食希望を出し、センターからの配食で賄う。
 三日月は特に希望もださず、適当にパンを焼き、目玉焼きとコンソメスープを作って食べる。配食を頼み忘れたと嘆いていた刀達数振りに振る舞ってから、時計を見て部屋に下がる。
 朝の未就学児童向けのスーパー戦隊シリーズ(本丸育児者向け)が丁度始まっていた。
「人生も上手く行かぬのに、刀の生など当然なのかもしれぬなあ……、なあ、レッドよ」
 苦悩の果てのレッドのバージョンアップ変身に、三日月は頬を綻ばせる。
──まだまだ、俺も頑張るぞ。
 三日月も普通にトウソウジャーの大ファンであった。

 前の本丸では、毎週この時間は皆で視聴室に集まっていた。
 正面のど真ん中は主の席だった。その隣が大包平で、その次が三日月で。毎週、毎週──。
 俺さ、家がめちゃくちゃ厳しくて、こんなの見たことなかったんだよ!!
 子どもの時の抑圧は、大人になってから桜島の噴火の如く吹き出す──等という言説は間違いではないのだろう。
 問題のあったのだという家を飛び出して審神者になった前の主は、寄宿学校で知った特撮戦隊ものにド嵌まりした。
 勧めた友人がドン引きするくらい嵌まり倒し、大包平は赤いからレッド、三日月はブルーで、大倶利伽羅と同田貫はブラックだ。蜂須賀虎徹はゴールドで、源氏兄弟は元は敵でこっちにきた追加戦士っぽいなあ。じゃあ俺は司令官だ!
 などと研修生時代から刀剣男士を当てはめて考えていた所為なのだろう。
 彼の励起した刀剣男士は、彼のイメージの影響を受けに受けて顕現した。霊力ばかりは質の高いことが徒になったらしい。
 初めの刀の陸奥守は司令官輔佐として遺憾なくその辣腕を戦場の采配に振るっていたし、大包平は平均よりよほど熱血で仲間思いでしっかりものながら、自分の身を顧みない猪突猛進だったし、大倶利伽羅は馴れ合わなかった。追加戦士枠の源氏兄弟はびっくりするほどバトルジャンキーであったものだ。
 そして三日月は、毎日毎日そんな彼らの手綱を取るのにてんてこ舞いしていた。
 ブルーはクールだが中身の熱い、サポーター役、月のモチーフのブルーなんて絶対そう。
 そんな無関係なパブリックイメージを背負って顕現した三日月宗近など、自分以外にいようか。
 目を閉じれば、今は亡き本丸の日常がありありと瞼の裏に浮かぶ。
──大包平! 自分一振りで悩み込まずにしっかり相談しろ! 話はいつでも聞いてやるから。大倶利伽羅よ、馴れ合わぬならそれでいいが、飯は共に食べような。陸奥守、陸奥守よ、ちょっと待て、その任務を受けたのは司令官あるじか? お主がいながら止めれなんだか? ……そうかぁ……まて! 膝丸! 髭切! 出陣待て、早い! 勝手に双騎で出陣するな! 御手杵を連れて行けば良いというものではないわ! 大包平お主リーダーだろうが! 止めんか! 鶯丸、厚助けてくれ! だれだ今三日月五月蠅いといったのは! 司令官あるじか! 叩ッ切るぞ!
(──思い出さなければ良かった……)
 日常の一コマを思い出しただけでがっくりとあの時の疲労が甦って、三日月はふっと遠い目をした。余計な任務をもらってきた日にはてんてこ舞いしたものだ。三日月を含めた常識刃が。
 エンディングまでしっかり見終わってからぷつりと私物のテレビの電源を消す。遺影をそっと文机の引き出しにしまえば、ふつりと部屋は静かになる。
「三日月宗近、居るか」
 そこに転がった先ほど思い出していた刀と同じで違う太刀の声に、三日月は首を傾げた。
「大包平か」
 応えながら障子を開けば、憮然としながらも案じるような目をした大包平が三日月を買い物に誘った。