三日月ブルーの煩悶 上 - 7/10

#5
「じゃあ、が、がんばってね……怪我しないようにね」
「ああ、主はどんと構えていろ!」
 大包平に背を押され、主は演練の審神者の位置に向かう。
 その間、三日月と目が合うことはない。こうして演練部隊に組み込まれている以上、主が三日月を使わずにしまい込むような扱いをする気はない。それは分かったが。
──やはり避けられておるなぁ……。
 三日月は溜息を押し殺しながら、そそくさと去って行く主の背を見送った。
 不浄をあれほどに忌避するというのは、審神者としてはなるほど辛いだろう。前の主が自ら血を被りそうなくらいの男であったから余計にそう思う。
 三日月などはここの本丸の刀剣男士全員分の黒不浄よりもより穢れに浸かっている。念入りに浄化し、清められてなおそれを敏感に察してしまっているのも憐れだった。
 彼女が何故審神者などに留まっているのかも疑問に思う。あれほどの月の加護の深い巫女ならば、前線ではなく巫覡課にも席はあるだろうに。
「俺はここでのんびりじじいをしたいだけなんだがなあ……」
「何をよそ見している! 次は聯隊長の本丸との演練だぞ!」
 大包平に怒鳴られ、三日月は慌てて彼らに近づく。
「うむすまぬ。すこし考え事をな。しかし、聯隊長とな」
 ちらりと見れば、向こうの本丸の隊長は同じ三日月宗近だ。おや、と思う。
「我等三九聯隊の聯隊長の本丸だ」
「すごい強いんだよ!」
「不敗の戎馬と呼ばれている手練れだ」
「怒り月さん、凄い怖いけど、強いんだよね」
 大包平、鯰尾、骨喰、乱が口々に三日月に声を掛ける。
「今度こそは勝つぞ!」
「そうだな」
 意気込む大包平に、鶯丸も微笑みながら意気を高めている。
──不敗の戎馬か。
 ちらりと敵隊を観察すれば、こちらに合わせてくれているのだろう。険しい顔の三日月以外は近ごろ参陣した新しい刀ばかりだ。江の村雲、五月雨、先だっての監査官である則宗、そして泛塵と大千鳥十文字槍。
 それでも、ここの本丸の刀より手練れとなっているのだろう。
「ふむ……」
「なんだ。何か言いたいことがあるなら言え」
「あいわかった。あの三日月は俺が相手をする。村雲と五月雨、泛塵と大千鳥を分断するゆえ、それぞれに相対せよ」
「……分断? 出来るのか」
「何、俺に任せよ。……あちらは随分と此方を見くびっておるゆえな」
 演練というよりは、あの面々からすれば稽古をつけているというような形だろう。見くびられているとはっきり伝えれば部隊の気配が鋭くなる。部隊を焚き付けるのは、いつもは大包平や源氏兄弟の役目だった。今は彼らのまねごとをせねばならない。
「……さあ、行こうか」
 うっそりと微笑む三日月は、演練が始まったと同時に相手方の三日月宗近に食らい付いた。鍔競り合いの最中に囁きかける。
「久しいなあ、怒り月。俺と相手をしておくれ」
「……おぬし、生きておったのか?」
 にやりと笑えば、にこりともせぬ三日月が面食らった顔をする。
「いつもの名乗りがないと、分からん」
「……あれは前の主の趣味だ。まあ、俺につきあえ」
 叩きのめそうとする剣筋を、水の流れのように押し流し、ついでに相手方の三日月を連れて戦場を駆け回る。軽い泛塵と五月雨を相方の側からはじき飛ばす。
 江と真田所縁の二振りは顕現して直ぐでも連携に長けている。彼らを分断させ、此方は連携に長けた藤四郎兄弟と古備前の兄弟に引き渡す。
 ぐ、と相手の三日月がいらだたしげに眉を顰める。
「はっはっは、そう怖い顔をするな」
「しておらぬ」
「しておる。相変わらず表情筋が死んでおるなあ。お主」
 懐かしく思いながら、三日月は相手方の三日月を引き連れて戦場を回る。自分を動かしたくないのはあちらも同じ。
 目に付いたら骨喰や鯰尾への一撃を弾きかえし、大包平の崩れた体制を引き起こし、大千鳥の長い柄を束頭で叩く。
「ああもう、お主は俺だけ見ておれ!」
「はっはっは、そう口説かれては仕方ない」
 本気になった三日月に勢いよく斬りかかられ、三日月はにやっと笑う。さて、ここからはこやつを押さえておこう。
 視界の端には上手く分断されている二組との戦になっている。則宗は一振り、乱藤四郎が相手をしている。
──結果は引き分け。
 疑似戦場フィールドが解除された時に三日月達を包んだのは感嘆と賞賛の拍手だった。

「お主、生きていたのだな。霽月殿の本丸に継がれた太刀というのはお主か」
 演練が終わった途端、ざわめく周囲をモノともせずに駆け寄ってきたのは、戎馬本丸の三日月であった。敵に相対するかのような仏頂面であるが、彼の場合はそれが通常のことだと三日月は知っている。
「うむ、久しいな。何の因果か、俺だけ生き残った」
 彼はぐ、と眉を寄せてまるで今にも怒鳴り出しそうな顔になる。しかし、彼が怒鳴るよりも、自分が怒鳴り散らしていることの方が多かった。
 悼んでくれているのだろう。表情が動かぬだけで、優しい三日月だと知っている。
「……そうか」
「ああ」
 彼の主の側に居た山姥切国広も、三日月をみて目を丸くする。前に見たときは布を被っていたが、今は鉢巻に変わっている。
「見たことのあるような太刀筋だと思えば、アンタか。いつもの名乗りを上げていないと分からんものだな」
「アレは前の主の趣味だ。あんなものを嬉々としてやっているのは鯰尾や大包平だけだったぞ……」
 辟易としながら首を振る。
 前の主の趣味で、戦場に出る前に一々名乗りを上げていたのだ。あまりに主が楽しそうで言い出せなかったが、皆なかなか恥ずかしい思いをしていた。切り伏せてしまう戦場なら兎も角、演練相手には特に。
「まあいい、今回は遅れをとったが次はそうはいかん」
「俺が今回はイレギュラーだった故なあ。あの本丸を強くするのが俺の役目、給料分は仕事をしよう」
 次は自分を含めた奇襲は難しいだろう。この本丸の恐ろしいところは、一度使った策は絶対に二度と使えぬところだ。
 二振りと別れ、三日月は自分の今の仲間の方へと踵を返す。
──新しい主は、恐怖を含んだ視線を向けていた。