28
──キャプテン!
小さな声が確かに耳に聞こえてローは立ち止まった。見聞色の覇気を広げれば排気口のような小さなハッチから腹心のクルーの目が覗いている。思わず足を止めたローに、案内役の〝外科医〟の視線が怪訝そうに向けられる。
「どうかしたか?」
「……いや」
無論その声は前を歩くたしぎ大佐にも聞こえたようで、彼女もまた立ち止まった。外科医に聞こえないような後ろ手のハンドサインが飛ぶ。
たしぎ大佐の指示を受け、前を歩く〝外科医〟に気づかれぬように、海兵が数人彼に話しかけに行く。
いきなり大声で質問攻めにする海兵に外科医はぎょっとして身をのけぞらせた。そのまま質問攻めに遭いながら離れていく。
──隠せ
その意を組んだ海兵達がわっと隊列を組んでローを隠した。ローを隠せるだけの巨漢を集めてスモーカーと別れた理由をようやく察する。
「トラファルガー、これで貸し借りなしです」
「お人よしが」
鼻で笑い飛ばすと、たしぎ大佐は憤然と腰に手を当てて胸を張る。
「もうこれから会ったら敵同士ですから! あなたたちも、そう思うこと!」
たしぎ大佐の小声の命令に、海兵たちはニコニコと応じた。
「当然だぜ!こいつは海賊だし、次あったらとっ捕まえて火炙りだよな!」
そう言いながら、そそくさと懐やポケットやカバンの中に仕舞い込んでいたらしいものをぞくぞくと取り出してこそこそとローに押し付ける。
「艦で作った飯と飲み物」
「これ雑用の服。クルーに着せていいぞ。デカいから気をつけろ」
「これお前の帽子、あのシロクマから預かってた。お気に入りなんだって?」
「おれのおやつ分けてやるよ」
「これおれの救急箱」
「あなたたち! 親切にしないの!」
飲み物、弁当、布の塊、おかき、救急箱。自分の帽子が出てきたことには驚いたが、ありがたく受け取る。自分の帽子がやはり一番落ち着くものだ。
できれば服も欲しかったが、流石にそれは望めなかった。どこかで適当に誰かの服でも剥ぎ取ろうと画策する。
そんな有様で一抱えほどになった荷物を呆れながら受け取り、ローはハッチに滑り込んだ。
そのハッチから彼らの気配が去ったのを見聞色の覇気で見送ったたしぎは囁き声を上げる。
「視察を続けます。予定通り〝合図〟を逃さないように」
「イエスマム!」
海兵達は小さく拳を突き上げる。たしぎは背に負う正義を翻して廊下の先へ進んでいった。