29
地下へ続くハッチへ滑り込めば、随分と薄汚れたずぶ濡れの姿のクルーが目の前に現れる。
やはりペンギンとシャチだ。
「キャプテン!」
「お前らやっぱり来てやがったか……」
ペンギンとシャチの姿を目にしてローは顔を歪めた。
殴打の痕と、手首の擦り傷は手錠の痕。そんなものを己のクルーに付けさせたというのはローの矜持と堪忍袋の尾を大きく傷つける。額に浮かぶ青筋を被り直した帽子で隠しローは息を吐いて気持ちを落ち着けた。
キャプテンの気持ちを良く理解している良いクルーたちはローを宥めるように二人で手を打ち合わせる。
「キャプテンならなんとかしてでも来てくれると思ってたからな」
「一番島の屋敷は大騒ぎになりそうで」
「上出来だ、何かつかめたか」
「ばっちり! 製造工場と研究所は地下だ。地下では薬漬けになった海賊とかいろんなやつが奴隷になってる。これと酒が相乗効果を起こして急性薬物中毒にするんだと」
ペンギンの持っている小袋の中身を摘み上げたローの鋭い舌打ちが静かな通路に響く。見覚えのある酒と、このキャンディめいた結晶が確かに記憶に繋がる。
「ガキの頃に一回盗み食いした。そんときにたいそうな剣幕でぶん殴られてからもう食わなくなったが……薬効が永続的だっつうならそういうことだろう」
「やっぱり。酒飲んで一番おかしくなったの船長とおれたちだから船長もじゃねェかと思ってた」
「他は何割やられた」
お互いに低い声で情報を交換する。ペンギンがローに応じた。
「三割くらい、艦を沖に出して閉じ込めてる。あの時酒を飲まなかった連中が艦に残ってる。薬、たぶんうすくこれ混ぜられてたんだろうな」
「チッ……」
「ベポは?」
「おれの振りをしてる海兵と屋敷に居る。何かあれば海兵と逃げろと言いつけてる」
「海兵!?」
ベポを案じるシャチに返事をすると二人は目を丸くした。なぜ驚いているのかも大方察し、ローは誤魔化すように更に報告を続けさせる。
「キャプテンの分の解毒剤は手に入れられた。割れたらヤベェから下に」
「良くやった」
「そんときに一人、手を組んだやつがいる」
ペンギンの報告にローの眉が怪訝そうに顰められる。
「何を勝手に……」
「あ、海賊団としてじゃないぞ。でも何回か助けられてるんだ」
ローの視線を受けて二人が慌てて手を振る。
「アンプル取ってきてくれたんだけど、目に何か薬液掛かって瞳孔が開き切っちまったんだ。あと銃創が二カ所。応急処置しかできてない。……加えて上部消化器官が悪いみてェで僅かだけど吐血が見られた。診てあげてほしい」
「はァ──わかった」
二人がそこまで言うのは珍しいことだった。
ローが慈善事業を好まないことなど百も承知の上でそれを頼むならばローにもう否やはない。
ローも手を組んだ詳細も何も聞かずに二人の案内に従って地下に潜って行く。
まるで滝を下るような地下水流に飛び込んで降ると言われたときは一瞬身構えたが、意を決して彼らに身を任せた。
ローは身動きがとれない地下水流の中を二人に抱えられながら潜っていく。
今更彼らの泳力に不安はない。
それだけの信頼があった。
地下水流から地底湖へ。
そこは上の清潔な工場とは打って変わったおぞましい工場の片隅だった。
防水布の包みから持たされた救急箱を取り出して包帯やガーゼを取り出す。
二人から詳しい容態を軽くヒアリングし、案内されるまま水車小屋らしき場所まで身を隠していく。
その先で誰が待つのかなど、ローはまだ知る由もない。