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ロシナンテが固唾を飲んで見守る中、センゴクが電伝虫から受話器を取り上げる。
「こちらセンゴク。──ああ、わざわざお前が掛けてきたのかブランニュー」
ブランニュー准将の名前にロシナンテはごくりと息を詰めた。センゴクから目配せを受けて、指を鳴らす。
防音壁をローと自分とスモーカーのまわりに掛けてしまえば、センゴクと本部の連絡は誰にも聞こえない。
「コラさん?」
「本部から連絡だからな、秘密だ。おれの数年がどう転ぶか……この電話でいったん決まる」
ロシナンテが口元に指を立てるとローは何のことかを理解した様子で頷いた。
「……十三年前、ヴェルゴに握りつぶされたリストってやつか」
「そ、使えるのは半分も残ってねェが……それだけでも使えれば、おれの最後の仕事はおしまいだ」
檻の中のクマのように落ち着きの無いロシナンテが三回すっころんだところでスモーカーが見かねて声を掛ける。
「……ブランニュー准将が掛けてきてンならほぼ合格じゃねェか?」
「分かンねェ……。ブランニューさんがセンゴクさんと話したいだけかもしれねェし」
「アンタじゃあるまいし」
「へェ?」
「ああっ、興味持つなロー! 話そうとするなスモーキー!」
慌ててスモーカーの口を塞ごうとするとローがスモーカーのあだ名に気が付いて揶揄おうと口角を上げる。それにまた口論になり、わいわいと騒いでいるうちに通話は終わったようだった。
「視界だけでやかましいな」
防音壁に足を踏み入れたセンゴクがそう呟きながらひっくり返っていたロシナンテを引っ張り上げる。
スモーカーとローも共にセンゴクに視線を向けた。
防音壁を解除して彼に向き直る。
「センゴクさん、結果は」
センゴクはロシナンテの前に立ち、腰で後ろ手を組んで向き合った。
厳めしい顔は、誰にも表情を読ませない海軍将校としての顔になっている。
永遠にも思える数秒の後、センゴクはロシナンテの肩を強く、とても強くつかんだ。
ロシナンテは目を見開く。
「ロシナンテ中佐の文書相当の情報に関して、〝全て〟を真正の情報と認める。サカズキ元帥が確かに押印したと──お前の勝ちだ、ロシナンテ! 正式に海軍が動くぞ!」
「サカズキさんが!? は、はは……嘘みてェ……」
気が抜けたあまりにがっくりと膝が崩れかけて、慌ててセンゴクが肩を貸した。
そのまま脇に挟まれて頭を大きな手でわしわしとかき混ぜられる。
「ははは、よくやったロシナンテ! サカズキが動くなら確実だ!」
快活な笑い声に、先ほどからゆるんでしまって止まらない涙がぼろぼろ落ちて書類を濡らす。
漸くやり残した最後の仕事が終わった。
ロシナンテ中佐としての最後の仕事が。
「おれまだ海兵でいいですか、センゴクさん……!」
「ああ……また明日からビシバシ任務漬けにしてやるから覚悟しておけ」
力強い抱擁がその全ての答えだった。
センゴクとの抱擁のあと飛び跳ねるような勢いでスモーカーの肩を抱き、そのままローを持ち上げてクルクル回す。
「やめろ! 泣くか笑うかどっちかにしろよ!」
「これが喜ばずにいられるか! ありがとうなァロー!」
「……元々おれの所為で失敗した任務だろ!」
「何言ってんだお前たちがいなかったらおれは今日海の藻屑だ!」
ケラケラと笑えば、ROOMと不機嫌そうな声がして防音壁に似た能力の膜が広がる。
腕の中のでムッと変な顔をしていたローが消えたかと思えば、ひらひらと頭の上に書類が落ちてきて、バランスを崩してすっころんだ。いつの間にか隣にいたローがセンゴクに告げる。
「センゴク、同意はいいな!」
「へッ?」
「任せた。夜は甲板に来い。協力者として招待しよう」
「……大目付」
スモーカーがセンゴクをぎろりと睨むが、すぐにやれやれと肩をすくめた。扉の向こうで、宴会だァ!!とはしゃぐ海兵達の声が聞こえる。
たしぎ大佐がもう既にテキパキと指示をだしているのが分かった。
「シャンブルズ」
「えっ? 何?」
それを最後に、ぱっと瞬間移動のように視界が変わった。