六章 今を生きていく - 5/6

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 軍艦の窓から朝の日差しが差し込み、彼の背中の正義をくっきりと際立たせていた。
〝懇親会〟の夜が明け、ロシナンテは雑魚寝の甲板からそっと抜け出してセンゴクの居室に向かっていた。
「来たか」
「はい、おれは本部には戻れない」
「ああ……だから、今から任務を与える」
 正義を背負う大きな背――自分より小さいはずが、あまりに大きくてまぶしい背は、あのときからロシナンテの目標だった。
「ロシナンテ」
「はい、センゴクさん」
「今まではっきり言葉にしたことは無かったが──」
 背中越しで見えない表情が、ありありと見えるようでロシナンテは立ちすくんだ。
「あの時、お前を連れて帰り――息子のように想って育てた。……おおれの部下となってからは、誰よりも信頼していた。おれの自慢の息子をみろと、誇らしく思っていた」
「センゴクさん……っ」
 その人に、嘘を吐いたのはロシナンテだった。あの子どもの命と魂を救うため、あのときはああするほかに無かった。後悔はない。後悔は無いが──、この人を失望させたことだけは悲しかった。
「センゴクさん、おれ、おれも……」
「ロシナンテ」
 コートを翻して彼が振り返る。ず、と鼻を啜る音がしたかと想えば、年を感じさせない素早さでロシナンテを抱きすくめる。
 太い腕、優しいぬくもり、慈愛の籠もった声。膝が崩れて床に座り込み、彼にすがりつくようになったロシナンテを、養父の力強い体はしっかりと支えた。自分が幼い子供に戻ってしまったような心地がした。人が恐ろしくて泣き叫び、夜には過去を夢に見て悲鳴を上げていたロシナンテを、センゴクは何度でも護ってくれた。
「お前がどこに行こうと、おれはお前を愛しているよ」
「おれも、おれも大好きです。愛してます、センゴクさん」
 コートに目頭を押しつける。染みてしまったかも知れないが、洗えば落ちるだろう。
「父と呼んではくれんのか?」
「……知ってるくせに、意地悪ですね」
「練習してたことか?」
「やっぱり!」
 思わず顔を上げれば、楽しげに笑うセンゴクと目が合った。
「帰ってこい、ロシナンテ、いつでも。……お前はおれの息子で、ふるさとはここにある」
「はい、はい……」
センゴクはロシナンテの背を離して、きつく叩いた。立ち上がってお互いに向かい合う。
「今これを以て海軍本部雑用ロシナンテを功績を鑑み特例にて軍曹を任じ、よって任務を言い渡す」
「はッ」
 センゴクの命を。ロシナンテは軍靴の踵を合わせてその任務を最敬礼で持って拝命した。
 ロシナンテの肩が力強く叩かれる。
「風邪を引くなよ。ドジっ子もほどほどにな。飯はしっかり食え」
 和らいだ目元に途方もない愛が詰まっている。それをロシナンテは知っている。
 ロシナンテは敬礼のまま、笑って頷いた。
「いってきます、〝父さん〟」