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鉄の天井、横たわっているのはメディカルシーツ、目線を動かせば計器類らしきロシナンテにはてんで見当の付かない機械が並んでいる。
──もしかして、あの潜水艦の中か……? あの一瞬で?
オペオペの能力だとは思うのだが、自分の盗み出した究極の悪魔の実の能力はワープまで出来るのか。
呆然としているロシナンテの前に、すっかり姿を変えたローが現れる。
青緑のスクラブに手袋とマスクを付け、まるで手術に向かう医者である。
ローのその格好にロシナンテはおおーと感嘆した。
「医者みてェ」
素直な感嘆に、ローが肩を落とす。
「だから、おれは医者だ……。まァいい。コラさん、あんたの内臓はもってあと七ヶ月と四日。よって今から機能不全箇所の全切除及び縫合し、必要な部分は献体より移植する」
「……献体って」
ローは肩をすくめる。
献体は島で自然に亡くなった方から臓器を戴いたと説明されて、ロシナンテは強ばった顔を緩めた。
海軍が──おそらくスモーカーが交渉してくれたそうだ。
「じゃあコラさん──アレルギーはないこと、クスリはやってねェことを確認する」
「お、おお。やってねェ、アレルギーもねェはずだ……」
「スキャンしたから知ってる」
「じゃあなんで聞いたんだよ!」
「へへ……そういうもんだ」
にやっと笑ったローはロシナンテの上で手を翳した。
ROOMと再び聞こえてローを中心に手術室の中に能力の膜が張られる。この空間が、ローの手術室なのだろう。
「なおれ! で病気も怪我も治りゃあしねェ。だが、おれはもうその力を手にしている」
ローはロシナンテの横に佇んで訥々と呟く。
「──気を楽にしろ。すぐに終わる」
麻酔と不思議な声が聞こえたかと思えば、ロシナンテはあっという間に気を失った。
──そして目が覚めたときには、刺すような心臓の痛みも、軋むような内臓の痛みもなにもかもがすっかりと消え失せていた。
横を見れば金属のトレーに悪い色をしたいくつかの内臓が転がっていてぎょっとする。おそらくは、そろそろダメになりかけていたロシナンテの内臓だ。
いつの間にかスクラブを脱いでタンクトップにコートを羽織ったローがロシナンテの横に立っていた。
「手術は無事完了した」
「もう!?」
「ああ。おれが執刀したんだ。万に一つも失敗はねェよ。今から酒でもなんでも呑め」
しっかりと頷かれてロシナンテははぁ、といっそ呆れたような感嘆の声を漏らした。
腹に手を当てても傷跡も全く分からない。
なんという能力だ。
五十億の取引と、究極の悪魔の実というのは与太でも過剰評価でもなんでもなかったのではないだろうか。
「すげェ……、流石にぜんぶ取り替えると死ぬって言われてたのに」
「オペオペの実の能力ならこれくらいできる。再現性がねェのが玉に瑕だが……」
ローは平然と言うが、この大手術を夕日がわずかに傾くほどのほんの短時間で成し遂げたことがどれほどすごい事なのかロシナンテにさえ理解できた。
その上ロシナンテはもう今からでも動き回れそうだ。身を起こすロシナンテを、ローは満足げに見つめて呟く。
「これがアンタにもらった力だよ、コラさん」
それこそが外科医としてローが最大限発揮したオペオペの実の力だった。あの幼い頃でさえ才能の片鱗が輝いていたのだ、ロシナンテはオペオペの実を食うべき男に食わせたのだろう。
満足げなローを手招いて抱き寄せる。
「立派な医者になったな、ロー」
本当に嬉しくて彼の頭をかき混ぜれば、立派な医者となった青年は鼻をすすり上げた。
「当たり前だろ、アンタのくれた命と、心と──力だ」
そう呟いて、ローはぱちんと指を鳴らした。
「ROOM――シャンブルズ」
視界がまた一瞬で入れ替わる。
そこは船の甲板であった。
日が暮れて月が昇っていた。それでは足りぬとばかりに、 甲板に積み上げられた樽と机、達筆な誰かの書いた懇親会の文字。
甲板に入り乱れるのは海賊か海兵かわからぬ若者達と、ぴんしゃんしている老翁と、その孫。
もう既に始まっているらしく、ロシナンテに口々に声がかけられた。
ロシナンテが茫然としていると、スモーカーが溜息を吐いてロシナンテになみなみと注がれたジョッキを押しつける。
「今回だけだからな。てめェらもなれ合うなよ!」
はい!と元気の良い返事がして、直後にミンク族のシロクマと海兵が向かい合って腕を組んでジョッキを乾かした。
「コラさん、乾杯」
スモーカーに渡された大きなジョッキを、一番にローと突き合わせる。
「おう! 天才の外科医様と──我らが〝カモメ〟に!」
「……我らが〝ドクロ〟に」
「ロー! このやろう!」
憤慨する振りをしたロシナンテに、ローはにやにやと悪戯が成功したガキの顔で笑ってジョッキを乾かした。
その日の宴会──〝懇親会〟はロシナンテの生涯の中で、一番楽しい夜だった。