Back to the Once Upon a Time - 3/6

「そろそろ話はついたか? 飯にしよう。海兵のお嬢さんにも特別メニューご用意してるよ♡」
 見計らったようにキッチンのドアが開いてサンジが顔をだす。その手にのっているのはクルーたちの昼ご飯と、唐突な客人たちへの療養食だった。療養食の一種類だけきれいに飾り付けしている。無論曹長への配慮であろう。バイタルレシピの一つであることは言うに及ばない。
「メシだぁ!!」
 サンジのかけ声にルフィとチョッパーが歓声を上げる。
 サンジの料理の香りを嗅いだとたん、海兵二人の腹が仲良く鳴る。
 腹を押さえて羞恥に顔を赤らめる二人をサンジは穏やかになだめた。
「チョッパーから聞いたが、三日三晩何も食べなかったんだって? そりゃあ腹も空くさ」
 照れくさげに笑う二人の横に、あっという間にフランキーが持ってきた木材で広いテーブルを設える。思いのほか手際よくジンベエも手伝っている。
「フランキー、テーブルはここでええか?」
「アウ! 十分だ! ウソップメシだぞォ!」
「おう!」
見張り台にいたウソップも呼ばれてマストから降りてくる。チョッパーは眠っている軍曹の手当を続けていた。
「急ごしらえだが、ちっとキッチンでは手狭だからな! ほら海兵のニィちゃん、こっち座りな!」
「曹長さんはこちらへどうぞ」
「私たちの間よ!」
「あ、ありがとう」
 フランキーとロビンとナミにエスコートされて軍曹と曹長がテーブルに着く。
 賑やかな昼食が始まろうとしていた。
 と、芝生で寝ていた伍長はがチョッパーを押しのける勢いで飛び起きた。
「飯のにおいっ!」
「わっ」
 チョッパーがひっくり返りそうになったのを片手で受け止めて、伍長は鼻をひくつかせた。
 そのままテーブルに飛びつきそうだった伍長の手を軍曹が手を叩く。
「うほ~~! うまそ~~~!」
「こら、いい子だから暴れるんじゃないよ」
「おう」
 伍長は勢いを落としながらも、目はきらきらと輝いてサーブされた療養食に釘付けになっている。
「本当にメシのにおいで起きたぞ、こいつ……」
 チョッパーが呆れながらも蹄を拭いてフランキーが設えた自分の椅子に飛び乗った。
「伍長もまずは椅子に座れ」
 曹長の指示に素直に従い、伍長はよだれを袖で拭いながらもルフィの隣に座る。
「野郎ども! 甲板メシだァっ!」
 船長の歓声とともに、わっとテーブルは沸き、ルフィと競うように伍長が料理に腕を伸ばした。

 

「……本当においしいね、このスープ……すごい」
 スープを飲み込んだ軍曹が感嘆のあまりに言葉をなくす。
 もうすでに夢中でばくばくと食べている曹長と伍長は軍曹の言葉に大きく頭を上下に振った。
 サンジはサーブをしながら上機嫌に煙草をくゆらせる。
「おふうしゃふのもふまほう! ほへもほいひいは!」
「アンタ、何言ってるかわかんないよ……」
 口いっぱいに頬張った伍長に曹長がケラケラと笑う。
 人数の増えた昼食はまるで宴の賑わしさで、ブルックは口元に絶品ソースをたっぷりとつけたままバイオリンを取り出す。
「ヨホホホ、これは歌が必要ですね!」
「いいぞブルック! いつもの歌だ!」
 伍長に負けず劣らずに頬を一杯に膨らませた船長が、ブルックの提案に手を叩いて喜んだ。
 それに応じてガイコツがかき鳴らすバイオリンが奏でるのは、古き良き海賊の歌う海賊のための海賊の歌。
 その旋律にちょっと目を開いた軍曹が曲の名を呟いた。
 海賊の歌は海兵には悪印象かと思えば、三人の顔には嫌悪はなく、穏やかに耳を傾けていた。
「ビンクスの酒……」
 海兵の男二人が夢中で食べながらよく似た顔で笑う。その表情に嫌悪は無かった。
「海賊の歌だなァ!」
「海兵だから歌えねェ、聞いたことはあるけどな」
 そういう伍長と曹長にルフィが尋ねる。
「おまえらも知ってんのか?」
「ああ! 海に出た海賊はみんなこの歌を歌う! おれァ海兵だけどな!」
「でも……あたしはちょっと複雑。この歌を聞くと逃げられた海賊を思い出す」
 ふと口を尖らせる伍長に、曹長と伍長が顔を見合わせてあーと唸る。
「あいつに逃げられたのを根にもってるじゃないか、曹長」
「ありゃあ最近グランドラインに入った海賊じゃあなかなか腕が立つぞ。手伝おうか?」
 曹長が宥め、頬いっぱいに詰め込んだ料理を飲み込んだ伍長が案じる。 スープをすっかり飲み干した軍曹は首を振って、好戦的な笑みを浮かべる。
「別に次“キャラコ”にあったら捕まえるからいいよ」
「……はい?」
 ブルックがぴたりとバイオリンの手を止める。慌ててソースで派手に汚れた口元を拭って身を乗り出した。雰囲気の変わったブルックにクルーたちはきょとんとする。
「キャ、キャラコ?」
「あれ? 知らねェのか? 西の海でかなり名を挙げた海賊だぜ。賑やかで騒がしいやつらでなァ、腕も立つんだ」
「嬉しそうに言うんじゃないよ! 逃げられたせいで懸賞金上がっちゃったんだから」
「ヨ、ヨホホホ……、驚いた……まさか」
「どうしたブルック?」
 ウソップの案じる声に、いえ、とブルックはアフロを振る。中断していたバイオリンを持ち直し、再びサニー号に美しいBGMが流れ始める。
 かつて、ルンバー海賊団を率いた船長の名は“キャラコ”のヨーキ。かつての船長の名前までは麦わらの一味の彼らに話したことはない。
 偶然にしては、出身の海まで同じだとは。
 バイオリンを弾きながらも考え込む様子のブルックにちらりと聡い幾人かが視線を向けるが、本人が口にしないこともあってそれ以上言及する様子はない。
 取り逃がした海賊の名を口にした曹長もそこまで深刻には捕らえていないらしく、今度はサンジの作ったカルパッチョを口にしてぱっと華やかに微笑む。
「おいしい! 船の上でこんなにおいしい料理が食べられるなんて……まるで海の上のレストランだね」
「でしょ! うちのサンジくんの料理、すっごくおいしいの!」
「ナミすぁ~~ん!♡」
 ナミの自慢げな様子と、それに喜ぶサンジに曹長は笑みを浮かべた。
「それにしてもよ、お前ら。なんでこんな変な海域で遭難してたんだ?」
「ああ、それは……」
 ウソップの問いかけに軍曹が応えようとして、曹長に視線を送る。
 曹長はうなずいて口を開く。
 伍長はルフィの横で料理の取り合いをしながら食べ続けている。
「敵船に乗り込んだのはいいんだが、足場の船を沈めちまったんだ。まァおれは沈める気はなかったんだが。こいつが……」
 伍長を指さす。伍長は食べるのをやめて鼻を鳴らして反論する。
「だってあいつ、ガキどもを人質にしやがったんだぞ。最低なんだ。だからマストと竜骨まとめてぶち折ってやった」
「そうさ。でも安心しとくれ、攫われた子どもたちは全員あたしたちで救出してるよ」
「ひえっ…!」
 ぐっと拳を固める伍長に、ウソップとチョッパーがぎょっとする。ナミはそれよりも子供を人質に取った海賊に気をとられて額に青筋を立てる。
「子供を人質に!? 曹長さん、そいつらやっつけるの手伝わせてよ!」
「まぁ、まずは話を聞きましょう、ナミ」
「ありがとう、お嬢さんたち」
 かっと燃えるナミにロビンがまあまあとなだめる。曹長はにっこりと笑ってナミとロビンに微笑んだ。
 ロビンはそれにやわらかく微笑み返しながら、わずかに考える。
(私のことも知らないのかしら……?)
「まァそれで足場が無くなって、おれと軍曹が船長に吹っ飛ばされたんだけどな。おれァ毎回言ってるよなァ?」
 曹長に睨まれた伍長がしおれた鼻のように肩を落とす。
「……ご、ごめんなさい」
「命救われてるから、今回のことはいいけどね。あいつの能力を思いっきり食らっちゃったものだから、そのあとは意識がないんだ。曹長もだろう?」
 軍曹が肩をすくめる。
「ああ。そういえば、そのあとどうしたんだ?」
「仲間の気配に向かって艦のほうに泳いでたんだが、霧がいきなり深くなって、突風と雷が鳴り出したんだ。それから三日、この船と出くわすまで島も見てねェ」
「三日? 霧の中にいたの?」
「おう」
 伍長の肯定にナミが驚く。
 それもそうだ。ナミが驚くのも無理は無い。サニー号が霧と突風と雷に巻かれたのは今日の朝から昼までの数時間の間だ。
「……私たちが海域に入り込んだだけ?」
「いや。わしらが入り込んだふうではなかったぞ」
「よね。あれは”発生”した霧だった。雷と風を伴う霧の海域なんてきいたことない…」
 な三井の呟いた独り言にジンベエがうなずく。ナミは不思議そうに首をかしげた。
 新世界は常識の通用しない海とはいえ、二年の修行を経たナミの航海術が通用しない海では無い。
 妙なひっかかりを覚えつつ、ナミは話を切り替えた。
「で、その海賊の名前は?」
「笛吹きのビフ」
 軍曹は吐き捨てるように答える。
「子どもばかりを攫い、売りさばく最低な海賊だよ。グランドラインで一番悪質なやつさ」
「知らないわ、そんなやつがいるなんて……!」
 子どもを攫うという言葉にナミは憤る。
 その名前にぴくりとブルックが反応する。ロビンも笑みを引っ込めて首をわずかに傾げていた。
 一方でサンジ、ウソップ、ルフィがきょとんと首をかしげて不思議そうな顔をする。
「笛吹きのビフ?」
「ルフィ、知ってるか?」
「知らねェ!」
「美味そうな名前だな」
 真顔のゾロの感想にルフィとウソップがけらけらと笑う。
 その様子に、曹長が目を丸くする。
「のんきだな……。ノーフォーク大船団だぞ」
「”笛吹き”相手にその反応とは、大物になりそうじゃねェか」
「とりあえず、お前が気に入ったのはわかった」
 曹長が呆れた顔になる。伍長は面白そうに笑って見せた。
 満腹になった腹をさすりながら、伍長が大きく伸びをする。
「飯も食った! 怪我も平気だ! ビフのやつはおれがぶっ飛ばす!」
 朗々と力こぶをつくりながら宣言する伍長にルフィがししっと笑う。
「おれたちも手伝ってやろうか?」
「いらねェ! おれたちは海兵だからな! 飯と手当はありがとう! 美味かった!」
「サンジのメシは美味ェんだ! おれの仲間が気にしてるから、勝手に手伝うかもしれねェが、いいだろ?」
 ルフィの提案をきっぱりと断りながら、伍長はそれでも嬉しそうに笑う。
「ぶわっはっはっ! いいぞ!」
 伍長の気持ちの良い返事に、余計にルフィが面白そうな顔になって笑った。
 脳天気な伍長に肩をすくめるのは軍曹だった。
「でも、艦もビフの場所もわからないのにどうやって探すつもりなんだい」
「そりゃ……なんとかする!」
「まずは艦に戻らねェと。きっとあいつまた心配してるぜ。ビブルカードは?」
「……それがねェ、なんでかわからないけどあいつのだけないんだよ。あんたたちのはあるんだけど。帰り道がわからないね」
 軍曹が懐から取り出した二枚のビブルカードはぴんぴんしている。もう一枚がない、という軍曹に、三人が困った顔をする。
 それを見かねたナミが口をだす。
「じゃあ、まずはログの通りに一番近い島に向かいましょ。海軍支部にそこから連絡できるでしょ? ……あっでも、送り届けるんだから、襲ってこないでね!」
「ああ、それは約束するよ」
 軍曹が生真面目に頷く。