#3
「三日月宗近。打ち除けが多い故三日月と呼ばれる。よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします、三日月さん」
霽月本丸へやってきた彼は、紋切り型の挨拶と共に穏やかに微笑んだ──かと思うと主を一目見てぎょっとした顔をした。
「……驚いた。これは俺の降りぬ訳だ」
突然の言葉に主は驚いた顔で三日月宗近を見上げる。主の半歩後ろに控えていた近侍の大包平が柳眉を顰める。
「どういうことだ」
顔をしかめた大包平の問いかけに、我に返った様子で彼は手を振る。
「いや、霽月殿の加護は月に所縁なのだろうな、と。ここまできよらな月影に護られておると、そうそう俺は降りれぬ」
「確かに私の実家の神社は月読尊をお祀りしています。そのことですか?」
目を丸くした主に、三日月は意味深に微笑んだ。
「霽月殿の審神者になるには並々ならぬ事情があったのだろうな。微力ながら俺も尽くそう。……新しい主よ」
月の打ち除けの輝く瞳がうっそりと細められ、ゆっくりと頭が下がる。強ばった表情の主はごくりと息を詰めながらも、三日月を迎え入れた。彼を出迎えていた霽月本丸の刀たちもまた、ひりついた緊張感をもって彼を迎え入れる。
この三日月がただものではない事ははっきりとした。
──今までの誰からも、一目で彼女の加護の所縁も、彼女の事情も見通したり等しなかったのだから。
一振り、三日月は皆を見回してにこりと微笑んだ。
彼の手慣らしとしての出陣は、その翌日だった。
戦場はこの本丸の最前線、最近漸く開かれた長篠となった。三日月宗近は何度も出陣した事があるという。
隊長は近侍の大包平を隊長とし、彼と同刀派の石切丸、打刀は初期刀の蜂須賀虎徹と、その兄弟刀の浦島虎徹、鍛刀は厚藤四郎と刀種をばらけさせる。
どういう戦い方をするのか、彼の力試しだった。
──彼らはいつもの時間の半分ほどの時間で帰還した。
「えっ」
戻りの転送門を潜ってきた刀達は呆然と、信じられないものを目の当たりにした時のような顔で帰ってきた。彼らの身体には怪我一つない。装備の損傷さえ軽微であった。
狐に化かされたような顔をしている部隊の中で一振り、にこにこと笑いながら三日月宗近が最後尾で帰ってくる。
「戻ったぞ、主!」
上機嫌の彼はいっそ頬でも抓ろうかと思っている主に話しかける。
「良い部隊だ。意見に耳を傾けてくれるというのは良いなあ。経験はこれからいくらでも詰めるというもの、お主達は強くなるぞ」
「……そう、でしょうか」
「うむ、間違いない。どれ、じじいが茶を淹れてやろう。皆、慣れぬじじいをサポートして疲れたろう、座っておいで」
縁側に部隊を手招き、既に勝手知ったるとばかりに本丸の中へと消えていく。それを見送って、他の五振りが気が抜けたように縁側に腰掛ける。
主は五振りの様子に戸惑いながら声をかける。
「お疲れ様。早かったね……?」
「あ、ああ……」
ふう、と息を吐いて返事をしたのは蜂須賀虎徹だった。
「どうしたの? 敵本陣まで行けなかった?」
石切丸がいるのだから、本陣にまっすぐ向かえるはずだと思っていたが、賽の目ばかりは人の手ではどうしようもない。本陣までたどり着けなかったのかと問えば、五振り共が首を振った。
「……あの三日月、とんでもないぜ」
と、漸く呟いたのは厚藤四郎であった。
「凄かった。あの太刀と戦場に出たの初めてなのに、まるで百年くらい一緒に居るみたいだったよ」
「長篠は幾度も出陣しているからと言っていたけれど、その程度じゃないよあれは」
と虎徹兄弟が顔を合わせる。石切丸が難しい顔で呟く。
「視野が広くて、状況把握が私達の段違いに早い。指示が的確で、あっという間に私達の癖も戦い方も見抜いて合わせてくれたよ」
「合わせられたんだ」
大包平が悔しげに呟く。
「あれの実力のかけらも出されていない。あの刀一振りで、あの戦場のの溯行軍程度、数百でも切り伏せられる。……全て、俺たちが動きやすいように動いていた!」
大包平の言葉に、石切丸もそうだろうね、と頷く。
「……あれが、歴戦の刀剣男士というものか」
大包平の拳が白く、震えている。霽月が恐る恐るその顔を窺えば、彼の鋼色の目は見たこの無い輝きで満ちていた。燃える炉の火よりも輝くそれに霽月が驚いていると、彼は急に立ち上がる。
「負けられん!」
「どうした、大包平殿」
人数分の茶と茶菓子を盆にのせて戻ってきた三日月は立ち上がった大包平に目を丸くしていた。