三章 前を向いて - 4/8

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 「そりゃあちぃと虫が良すぎやせんか、センゴクさん」
 薄暗い部屋の中でマグマの男が紫煙を吐き捨てた。
 元帥──サカズキの手には幾枚かの書類が束ねられている。今にも彼の指先一つで燃やし尽くされて灰になる、はかない紙束だ。
「虫がいいかどうかをもう判断できるのか?」
 執務室の大きなデスクの向かいに立つのは元帥の視線を受けてびくともしない老兵だった。
 三つ編みに結ったあごひげを引っ張ってセンゴクがにやりと笑う。
 サカズキはため息を吐いた。
「13年前の情報じゃ。情報文書でもありゃあせん。センゴク大目付、一人の海兵の記憶・・だけで海軍は動かせんでしょうが」
「記憶じゃなけりゃあいいんだな?」
「そんなもんに割ける海兵はおらん。今は特にじゃ」
 サカズキが首を振る。手から離れてばらりとデスクに散った書類を大目付が拾い上げた。
「死の商人ミズガルズの売買経路と顧客リスト。海軍支部将校の横領の証拠。世界政府の横流しの証拠。武器の密輸ルート、最悪の黄金の環ゴールデン・サークルの製造工場。誘拐結社ハーメルンの看板フロント企業、非合法人間屋ヒューマンショップ……か」
 書類から挙がった名に、元帥の眉間の皺が一層深まる。
「何が言いたいんじゃ。摘発するには証拠が不確かじゃけえ、海軍は動けん」
「だが、潰せるなら潰したいだろう? 私に預けてみないか」
 サカズキがじっとりとセンゴクを見上げる。
「これは私が命じた任務で、ある海兵の最後の任務だった」
 西日が差し、センゴクの顔が隠れた。サカズキの葉巻がジリジリと短くなり、紫煙が細く立ち上る。
「この情報が正しいという保証がないじゃろう」
「ならば証明しよう」
 一歩も引かぬセンゴクの言葉に、サカズキは根負けして肩を落とす。
「……死人を動かすのに文句は言やあせん。好きにしてつかあさいや」
「よし、期待していろ」
 センゴクはにやりと笑って執務室を去る。
 その足でセンゴクが向かった場所をサカズキは知っている。サカズキはその背を見送り、ため息を吐いて再び机に向かう。
 死んでいようが、生きていようがサカズキには無関係だった。
 ただ、その背に正義を背負えるのならば文句はない。
 背負えぬのならばそれまでだ。